火曜日の幻想譚 Ⅴ
598.痴愚の神たるもの
昔、ピエロになりたいと思っていたことがあった。
常に皮肉を込めた笑顔で、権力者や諸侯といった偉いやつらに、しんらつなことを言う。そして、おどけたひょこひょこ歩きで、宮廷を立ち去っていく。栄華に目もくれず、ユーモアや皮肉でもって痛烈なカウンターパンチを食らわせる。そんな役割に憧れていたものだった。
だが、実際のピエロというのは、どうもなかなか過酷な職業だったようだ。
おどけながら好きにものを言えるのだからさぞかし楽しいだろうと思っていたが、どうもマジギレされると追放や死刑にされるらしい。まあ、だからマジギレなんだが。痛いところを突いてもらいたくて雇っているはずなのに、本当に痛いところを突いたらそんな仕打ちって、ちょっとないだろう。
でも、権力者も一人の人間だ。本当に耳の痛いこともあるのだろう。そう考えると仕方がない気もする。だが、この一件を知ってしまうと、権力者とピエロのやり取りが、急にプロレスのように思えてきてしまう。
それだけでなく、ピエロはさらに面倒くさい役割も背負っていたようだ。中世となると領主間で領地の取り合いが頻繁に起こる。当然、その解決方法として戦争が行われることもあるわけだが、ピエロは味方の兵の士気を鼓舞するため、その派手な格好で先頭に立って、相手のあることやないことをこれでもかとぶちまける必要があるのだ。
これはひどすぎないか。おとりと何ら変わらない。ペンは剣より強いかもしれないが、弁で剣をかいくぐることは無理だろう。
よしんばかいくぐれたとしても、その先にも厳しい仕打ちが待っている。ある程度やりあったところで、「どう? 降参する?」的なことを伝える使者を送るのだが、なんとこの役割もピエロのものらしい。
すなわち、ピエロは戦場で敵軍をあおるだけあおって、その後、降伏を促しに行くという役割を負っているのだ。当然、相手の士気が旺盛な場合、ピエロへのヘイトはたまりまくっている。生きて帰ることができず、首だけで戻って来た悲しいピエロもいたことだろう。
ここまで来ると、ピエロをやってみたいという気持ちは完全にうせている。
だが、あいつらそもそも、パーティで楽器を弾いたりダンスをしたりして、人を楽しませる役割もあるから、かなりの陽キャじゃなきゃ勤まらないんだった。
ぼそぼそと皮肉をいうだけが取りえの私には、こっそりこいつらのような、ある意味で痴愚の神と呼ばれる者たちを崇めている信者風情がせいぜいお似合いなのかもしれない。