火曜日の幻想譚 Ⅴ
582.元通り
ある男が、交際している女性の家を初めて訪れたときのこと。
彼女の家の扉をくぐる。真っ先に目に入ったのは、おしゃれな傘立てだった。その傘立てには一本だけ、彼女自身の物と思われる傘が刺さっている。
(……あっ、これだ)
彼女に初めて会ったときから、男は違和感があった。彼女は何かが違う、どこか場違いなような……。
その疑問が傘立てを見た瞬間、一部だけ氷解した。だが、その気持ちを押し殺して彼女の家へと上がり込んだ。
「そうだ、お手洗い、借りるよ」
二人でしばらく談笑した後、男はそう言って手洗いへ向かい、便座を上げる。その底にたまる、少量の水面……。
用を足してから戻ると、彼女は花瓶に花を挿していた。その口が広い、丸っこい花瓶を見つめ……。男はゴクリとのどを鳴らす。
(あと一つ、あと一つ……)
男は、彼女のたおやかな背中を一瞬、盗み見る。そのあと、無造作に置かれた洗濯かごに目を止めた……。
警察が駆けつけたとき、部屋は既に見るに耐えないありさまだった。
いきなり目に飛び込んできたのは、血塗れの傘立てに立てられた二本の腕。その両の腕は、指を上にして傘立てに差し込まれており、手のひらをしっかりと開いていた。そのせいで手首の部分がホルダーに引っかかり、腕は中ぶらりんになっている。底の凹みには、すぐ上の切断部分から滴る血が、ぽたりぽたりと落ちてたまっていた。
そんなひどい状態の玄関からトイレへ行くと、またまた奇妙な物に出くわすことになる。便器から脚が生えているのだ。肉付きの良いその脚はピッタリと並べられ、つま先まで力が入っていて天を向き、太ももの付け根の切断面を無理に押し込まれた便座の底は、やはり真っ赤な血に塗れていた。
リビングには、さらに目を覆いたくなるものが存在していた。血塗れの花瓶、その上に乗る青ざめた生首。その虚ろな目は虚空をにらみ、血がベッタリと顔中にこびりついている。生首に主役を奪われた周囲の花たちが、花瓶の端でかろうじて主役の美しさを引き立たせていた。
犯人の男は洗濯機の影にいて、すぐに見つけられ拘束された。男は、そこで女の胴体と思われる桃色の物体を、包丁でえんえんとこそぎ落としていたのだ。
逮捕後、なぜこんなことをしたのかという問いに対し、男はこう答えたという。
「最初に会ったときから、あの娘はどこかが違うと思っていたんです。
まるで、どこか居場所を間違えているような……。
そんなとき、彼女の家の傘立てを見て……そのときに分かったんです。
彼女の両の腕は、この傘立てに立てかけられるべきだったんだって。
そここそが、絶対的に正しい居場所なんだって……。
そうしたら他の部位も、あるべき場所が次々と見つかったんです。
両脚は、トイレでセクシーに立っているのがふさわしくて。
首は、あの花瓶の上が還るべき場所だってことも分かった。
でも、胴体だけはどうやら間違っていたようです。
洗濯カゴの中に収まるべきと思ったんですが、サイズが合いませんでした。
そこさえ合っていれば、彼女を完璧に元通りにすることができたのに」