火曜日の幻想譚 Ⅴ
583.夫婦の教え
時は中世ヨーロッパ。あるところに一組の夫婦が住んでいました。
その夫婦はとても信心深く、いつでも神への祈りを欠かすことはありませんでした。教会にも熱心に通っていたし、人当たりも良かったので、近所の評判もすこぶる良かったそうです。
やがて彼らの間には子どもができました。顔も性格もそっくりだったその双子の男児はたいそうかわいがられ、すくすくと育っていきます。
ある日のこと、夫婦はその二人に日課を設けることにしました。神の教えを最上のものと心得るその夫婦は、二人に一冊ずつ聖書を渡し、それを書き写させることで教えをちゃんと学ばせようと思ったのです。
聞き分けのいい二人の子は、毎日、毎日、与えられた聖書を少しずつ書き写し、ときに両親に分からない言い回しを確認したりしながら、さらに信仰を厚くしていきました。
しかしあるとき、彼らに悲劇が襲います。流行病で両親が相次いで亡くなってしまったのです。
こうなってはどうしようもありません。信心深い子どもたちもまだまだ働くには幼すぎます。二人は途方に暮れてしまいましたが、それでも彼らは信仰を捨てず、亡き両親の言い伝えを守り聖書を書き写し続けました。
そんな二人の思いが神に通じたのでしょうか。やがて助けの手を差し伸べるものが現れました。近所に住む裕福な家の主人が、哀れに思った二人を養子にしてくれたのです。
二人は住まいが変わっても、熱心に亡き両親との約束を守ります。感心なことだと主人も様子を見に行きます。しかしその時、驚くべきことが発覚したのです。
その二人が書き写している聖書、それは、内容が全く違っているものでした。弟が書き写しているものは、性に関する内容が随所に散りばめられた、エロ聖書とでも言うべき内容。兄が書き写していたそれは、地獄にいる悪魔への崇拝をあからさまに著した、邪念に渦巻いた内容だったのです。
何も知らない二人は、それを神の教えだと信じて疑っていませんでした。今日、書いた分を喜び勇んで見せてくる双子を見て、主人は絶句するしかなかったのです。
その後、二人はどうにか正しい教育を受け直す機会を得ることができました。しかし、やはりその悪書の影響が強かったのか、兄は成長すると遊びほうけるようになり、その後、行方知れずになってしまいました。弟のほうも放蕩の末、若くして亡くなってしまったそうです。
両親が、どういう意図で二人に違うその書を渡したのか、今となっては分かりません。一説には、幼少期に誤った思想を植え付けたらどうなるのかといった人体実験だったのではないかという意見もありましたが、それもどうやら根拠が薄い、ただのデマの域を出ることがないようです。