火曜日の幻想譚 Ⅴ
584.シューマイの悲劇
あれは、確か小学3年生の頃の出来事だ。僕らのクラスは午前の授業を終え、ちょうど給食の時間に差し掛かっていた。
給食当番が、クラスメイト一人一人に配膳を行っていく。ご飯をよそう者、みそ汁を注ぐ者、おかずを渡す者……。白い給食帽、白いマスク、白い給食衣。真っ白な服のクラスメイトたちが、こまめに動き回っている。
僕の席は、給食の配膳を行っている場所の近くだった。僕はすでに配膳を終え、彼らのマメに立ち働く姿をぼんやりと眺めていた。
そのときだった。
おかずを配っていた者(今となってはそれが誰だか覚えていない)が焦ったのか、少し皿を持つ手が震えた。その拍子におかずのシューマイが落ち、コロコロと転がって僕の足元にやってきたのだ。
「プッ、アハハハハハハ」
僕は吹き出した。笑いが止まらなかった。止まらなかった笑いはさらなる爆笑を生み出す。それこそ僕は、腹を抱えてキチガイのように笑いまくっていた。
「中田くん!」
不意に先生が語気を鋭くして僕の名を呼ぶ。
「シューマイが床に落ちて、何が面白いんですか?」
担任の先生のその怒気を含んだ質問に、僕は怖気づく。クラスメイトたちも、迷惑そうに僕を見ていた。僕は、それっきり黙りこくった。
もう、いい年になった今でも、このことは脳裏にはっきり浮かんでくる。それはやはりこのエピソードに、違和感を持ち続けていたからなんだろうと思う。大人になった今なら、先生の「シューマイが床に落ちて、何が面白いんですか?」という質問に答えることができなくもない。
給食当番の人々が真面目に規則的な動きで働く中、不規則に転がっていくシューマイ。その食べ物であるシューマイの柔らかさとオフホワイト。その一方で硬い床の深緑色。給食当番の規則的な動きと、そこから逸脱するシューマイの動き。白、柔らかい、衛生的といった属性のシューマイと、深緑色、硬い、不衛生といった床の対比、それらがとても面白いと僕には感じたのだ。
それらの組み合わせは、今テレビなどを席巻しているお笑い芸人たちには程遠いかもしれないが、立派にシュールな笑いではないか。そこには、ミスをした給食当番を笑うなどという気持ちは毛頭なかった。ただただそれらのコントラスト、それだけが面白かったのだ。
むしろ先生は、シューマイが床に転がることに何の面白みも感じなかったのだろうか。仮になくとも、一生徒の笑いへの目覚め、萌芽に対して、難詰することが正しかったのだろうか。あの場は必ずしも静かにしていなければならない場面ではなかった。笑い声が大きかったのは認めるが、それでも、一生徒の瑞々しい感性を無下に折り取る所業をするのが、教師の役割だったと言えるのだろうか。
とまあ、このような説明や反論を当時仮にできたとしても、何やかやで言いくるめられてしまったに違いない。僕の解釈が間違っている可能性もなくはないわけだし。僕自身は笑いのセンスがあるほうではないし。
とりあえず、僕はいまだにこのときのことに納得できていない。それどころか、時折この事を頭に思い浮かべて、この教師に殺意を抱き返したりもしているのだ。