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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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587.ある会議の記録



 私は会議などの録音音声を文章に起こす仕事をしているのだが、先日、依頼があった仕事で奇妙な事があったのでちょっと話そうと思う。

 その仕事は、1時間程度の会議の音声を文字に起こしてくれというものだった。まあ、わりと普通の仕事なので快く引き受けた。

 その会議はどこかの会社の定例報告会議のようなもので、社長に対し3人の報告者がその月の売上や作業の進行状況の報告などを行っていた。私は音声ファイルを進めては戻し、進めては戻しを繰り返しながら文字を起こす作業を進めていく。そうして10分ぐらい進んだとき、おかしなことに気が付いた。会議は社長と報告者の計4人で行われているはずだが、そこにたまに不可解な5人目の声が入り込んでくることがあるのだ。

 顧客に提出してもらった資料には、氏名付きではっきりと4人の名前が書かれている。だが、5人目の名前は書かれてない。まあ、司会者のような人なんだろうと思い、「A」というアルファベットで表記しようとしたのだが (実際、話者名が分からない場合はそうする慣例がある)、ここでさらに奇妙なことに気付いた。
 この5人目の人物、わりと大きな声でしゃべっているのに、その声が他の4人には、全く聞こえていないようなのだ。しかも、この5人目の発する言葉だけを見てみると、失敗を報告している報告者に対して、「ぼんくら」、「使えない」、「死にさらせ」といった、ちょっと言葉にするのがはばかられるようなことを言っているのだ。

 われわれ文字を起こす側は、こういう言葉もきちんと克明に文字に起こさなければならない。会議のどの部分を重要視するのかは、あくまで依頼者次第なのだ。だが、この5人目の声。異様に聞き取りにくい。他にも言ってる場所があるんじゃないだろうかと音量を上げた、その時だった。

「クズどもがクズどもが殺してやる殺してやるぼんくらぼんくらキチガイどもキチガイども死にさらせ死にさらせ苦しめ苦しめ苦しみぬいて地獄に落ちろ苦しみぬいて地獄に落ちろ」

 音量を最大にしてどうにか分かる程度の小さい声で、60分みっちりとこのような罵倒が入っていた。たまに聞こえていた場所は、この人物がやや声を荒げた場所だったのだ。

 すっかり恐ろしくなってしまい、依頼元に事情を話してこの5人目の声もきちんと起こすのかどうかを確認する。そして起こす場合は特別料金がかかることも付け加えた。

 依頼元もこの音声は気付いていなかったようで、調べるのでしばらく時間をくれという回答だった。そのまま待ってたら、数日後、この仕事自体がキャンセルになった。

 結局、これ以降この仕事に携わっていないのでこれ以上のことは分からない、と言いたいところだが、企業の名前はしっかりと覚えていたので、その企業名で検索してみた。どうもかなりのブラック企業らしく、何人か過労死した従業員がいるようだった。

 社長はもちろんのこと、3人の報告者も役職持ちに違いない。そう考えると、こき使われて過労死した平社員の彼らへの恨みつらみが会議に乗り移っていたんだろう。
 けど、あんまりああいう音声に入ってくるのはやめてほしい。こっちも深夜にヘッドホンで作業しているんだ。君らの声が怖くて作業ができなくなり納期に遅れてしまうと、僕も首をくくって君らの仲間入りになっちゃうからね。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔