火曜日の幻想譚 Ⅴ
588.花いちもんめ
山奥深くのさらにまた深く、人がめったに通わないような寂れた村がある。その村の最奥、村の者さえ容易に近付くことなどない不気味な場所に、その民家はひっそりと居を構えていた。
今宵は美しい下弦月が冷たく蒼く周囲を照らす。付近の山々から、獣の咆哮がひっきりなしに聞こえてくる。民家の庭に置かれた灯籠の炎が、ゆらゆらゆらとほの灯る。
その庭に面した一間。そこでは、奇妙な儀式のようなものが行われていた。下座に三味線を弾く妖婆。そして傍らには、真っ青な顔をした一人の少女。
二人がじっと見つめるは間の中央。二列に並んだ4、5人の人のような形をしたもの。だがその顔面は各々さまざまな能面で隠されている。そのため、男か女か、はたまた異形のものかまでは分からない。
彼らは二列で向かい合わせになり、妖婆の三味線に合わせ前進、後退を繰り返す。昔、誰もが懐かしく遊んだ、あの節回しに合わせて。
「かーってうれしい、はないちもんめ」
「まけてくやしい、はないちもんめ」
だが、聞いているうちに、あの遊戯とは少し違うことに気付く。どうやら、相手の列の誰かがほしいわけではないらしい。
「左腕がほしい」
「右手がほしい」
彼らがほしがるのは、人ではなく人体の場所。そして、彼らの背後には、影でよく見えぬ血まみれの物体……。
よく見れば、青ざめた顔の少女は肩で息をつき、血にまみれたその先のない左手首を押さえ、列の代表者のじゃんけんを食い入るようにながめている。
ふと視線を横に移すと、彼女の近くにはこれまた血まみれの刃……。
灯籠の炎が風で激しく揺らめき、妖婆のかき鳴らす三味線の音がひときわ大きくなった。
その直後、じゃんけんの勝敗が決まる。
少女は絶叫して気を失った。