火曜日の幻想譚 Ⅴ
589.金魚
縁日で、金魚を一匹捕まえた。
ビニール袋にいれられたそいつは、仲間がいないことも気にせずパクパクと忙しなく口を動かしていた。ひれでホバリングをするように水中に浮くそのさまは、ちょっとふてぶてしい。
こいつをちゃんと飼えればいいのだが、僕らにはその余裕がない。じゃあ、なんで金魚すくいなんてやったんだと問われれば、縁日のあの陽気なテンションに飲まれて、としか言い返せない。
譲ることのできるような知人もいないし、見ず知らずの人にいきなり渡すのも迷惑だろう。じゃあ、僕らで育てるか? でも、それは……。僕と妻は、帰り道に金魚をどうするか、真剣に話し合った。
やがて、家に帰り着いた僕らは取りあえず金魚鉢を用意して、その底にビー玉を敷く。キラキラと光が反射する中に、袋の水ごと金魚となけなしのパンくずを放り入れる。
金魚は住まいが変わっても、しばらくは快活に生きていた。
しかし、僕らはちゃんとした飼い方を知っているわけじゃなかった。調べる手段もなかったし、えさもそれほどちゃんとした物を与えられる状況じゃない。やがて、金魚の動きは少しずつ緩慢になっていき、再びパンくずを投げ入れても鈍い反応しか返さなくなっていった。
しばらくして、金魚はビー玉の上に横たわり美しい骸をさらしていた。色とりどりのビー玉の上で、その体は、はりつけにされたあの宗教家のようにキラキラときらめいていた。
金魚は亡くなってしまったが、僕と妻は金魚がいてくれた数日間で、考えが変わっていた。劣悪な環境しか用意できなかったことは申し訳ないと思ってる。だが、それでも金魚は、あなたは精一杯、最後まで生き抜いた。その姿に、心を打たれたから。
あの縁日の後、心中しようとしていた僕らは、諦めずに生き抜いた一匹の金魚に救われ、生き続けようと思った。