火曜日の幻想譚 Ⅴ
590.礼拝堂の少女
新婚旅行先で教会を見かけたので、興味本位で入ってみることにした。
中には美しい装飾が散りばめられ、最奥のステンドグラスの手前には十字架にかけられたキリストの像が安置されている。私たちは経済的な事情で質素に式を挙げたので、ついついこの壮大な場所で式を挙げるような気分に陥って笑顔になってしまう。
そうやってはしゃいでいる私たち。その手前に、座り込む一人の影があった。それは、10歳ぐらいの少女が床にひざまずき、身じろぎもせず一心不乱に祈りをささげている風景だった。
彼女は、私たちが入ってきたことに気付かず、ただひたすらに祈り続けていた。ステンドグラスから入ってくる柔らかな陽光が、彼女をプリズムのようにいろいろな色に映し出す。そのさまは絵画から飛び出してきた天使のように、その美しさを惜しげなく礼拝堂内に振りまいていた。
「きれいだし、感心なもんだなあ」
「信仰心が深いっていうのはこういうことを言うのね」
私たちが彼女を褒め称え、見とれていると、扉を開けてこの教会の神父らしき男がやってきた。私たちはどうにか片言であいさつこそしたが、それ以上はこの神父とコミュニケーションが取れなかった。無断で侵入している負い目もあったので、私たちは適当にさよならのあいさつを神父と少女にして退散してしまった。
その後、旅行から返ってきた私たちは、何の気なしにネットでニュースを見ていた。すると、覚えのある光景が目に飛び込んできた。はて、どこだっけと、記憶のからまった糸を解いてようやく思い出すと、それはあのとき礼拝堂でひざまずいていた少女だった。
ニュースは、少女があの礼拝堂の神父にもてあそばれた揚げ句、息の根を止められてしまったということを伝えている。そして、遺体の処理に困った神父は、なんと彼女を剥製にして礼拝堂に飾っておいたらしい。あれだけ純粋な祈りをささげている少女が、まさか遺体だとは誰も気が付かないだろうと考えたのだ。
結局、神父は捕まったが、あのとき、会話を切り上げていなかったら私たちはどうなっていたのだろうか。それを考えると、今でも身の毛がよだつ思いがする。