火曜日の幻想譚 Ⅴ
482.傍観者殺し
先日、M市の路上で凶悪な殺人事件が発生した。
白昼堂々、女性が男性をめった刺しにしたこの事件は、すぐさまニュースになり、驚きを持って迎えられた。どうやら痴情のもつれと思われるこの悲劇は、殺した直後に女性が自殺を遂げたこともあって、犯人に同情する論調や自己責任論、それでも犯罪はすべきでないと言ったものまで、さまざまな意見が飛び交うこととなった。
だがその事件が起きている最中、すぐ近くでもう一つの事件が起きていたことを知る人は少ない。
現場から数メートルの距離、というより惨劇が行われているすぐ横で、次々と傍観者を刺し殺していった男性がいたのである。
当然周囲は大混乱。壮絶な修羅場と化した。しかし、わけの分かっていない野次馬はどんどんと増えていく。先の事件を聞いて駆けつけた警官の人数が少なかったことも、こちらの事件の拡大に拍車をかけただろう。
結局、凄惨な事件が起きているすぐ隣で、男性は捕らえられるまで、およそ30人を刺し続け、5人が死亡、27人が重軽傷を負うという事態となった。
捕らえられた男性は、こう供述している。
「昔から傍観者が憎かった。自分だけ安全圏で高みの見物を決め込んで、必死な人間をにやにやと笑う。その性根が許せない、悪魔の所業だ。それだけじゃない、その場に居合わせた奴らは大抵、後でそれを武勇伝のように語りやがる。おまえらはたまたま居合わせただけ。何の手柄も立てちゃいないにもかかわらずだ。奴らは片っ端から死んでいい。むしろ殺人犯より、よっぽど死すべき人種だ。俺は、幼少の頃からいじめに遭い続けてきた俺は、あいつらに天誅を下してやっただけなんだ」
動機のあまりの理不尽さに、男性は狂人とみなされ、現在、病院に収容されている。そのせいもあり、先の事件がセンセーショナルに新聞の一面を飾ったのに対し、こちらは片隅に数行ほど書かれただけに過ぎなかった。あまり公にされていないのも、主にこれが理由だとされている。