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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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481.化粧譚



 君は化粧をあんまりしないのか、ですって?

 ええ、せいぜい薄化粧程度ですね。しない方が多いくらいです。
 実は私、厚化粧の人を見ると寒気がするんです。いえ別に、厚化粧をするなと言うわけじゃありません。私も女性ですから、化粧をして自分を美しく見せたい気持ちはよく分かります。でも昔、ある出来事があって以来、厚化粧の人を見ると怖くなるようになっちゃったんです。

 どんな出来事だったのかって? そうですね、手短にお話ししましょうか。

 私、二十歳そこそこの頃、コンビニでアルバイトをしていました。学校を出たばかりの私は、特にやりたいことがなく、かと言って家で親にどやされるのも嫌なんで、手近な近所のコンビニで働いていたんです。
 そこには、一人の風変わりなお客さんがいました。特に姿形が変わっているというわけではありません。挙動がおかしいというわけでもありません。では何がおかしいのかというと、その年老いた男性は、なぜか必ず朝7時ごろに化粧品を買いに来るのです。

 化粧品を購う男性ということで、そのおじいさんは、バイト仲間の中ではちょっとした有名人でした。もちろん、いわゆる趣味として女装を楽しむ男性がいるのは知っていますし、男性でも化粧をする職業はあるでしょう。そういう意味では、男性が化粧品を買ったって別に問題はありません。
 ですが、孫を抱いているのが似合いそうな、好々爺然としたその男性に、そういった趣味や職がありそうには、ちょっと思えないのです。
 また、大抵の方は知っていると思いますが、化粧品は毎日のように購入するものではありません。乳液などでも数カ月に一回、ものによったら年に一度しか、買い換えないものもあるのです。それを、そのお爺さんは毎日朝に購入していくのです。これも、よく分からない点でした。

 そんな疑問を抱えながら、バイトをしていたある日のことです。

 あるとき、私はシフトが変わり、夕方からの勤務となりました。今までとは違う時間に家から出ると、通りの家の庭に人影が見えます。夕暮れの中、目を凝らしてよく見ると、いつも化粧品を買いに来るお爺さんでした。彼は、私の家の数軒隣に住んでいたのです。私はお爺さんに会釈をして通り過ぎ、そのままバイトに向かいました。
 お爺さんは夕方に庭の掃除をするのが日課らしく、私は出勤時に必ず顔を合わせるようになりました。最初私たちはただ会釈をするだけの関係でしたが、次第に一言二言と言葉を交わすようになり、だんだんと心安い間柄になっていきました。しかしその一方で、お爺さんが相変わらず朝に化粧品を購入しているという情報も、バイト仲間から伝わっていました。

 私は、お爺さんと仲良くなったこともあって、化粧品を購入する理由を聞けそうだと考えました。私自身ずっと気になっていたことでもありますし、バイト仲間もみんな理由が知りたいはず。そしてある日、思い切って、お爺さんに化粧品を毎日買う理由を聞いてみたのです。

「ああ、そのことかい」
お爺さんは、こともなげに言います。
「ちょっと上がっていく時間はあるかな? 見せるのが一番早い」
私は、お爺さんの家へお邪魔しました。

 途端、鼻につく悪臭。飛び交うハエ。居間に寝っ転がっている、腐乱死体。

「家内がね、最近無精になっちゃったから、代わりに毎朝化粧を施してやっているんだ」

腐った死体の顔には何層もの化粧が塗りたくられ、惨たらしい様相を呈していました。


 ……私は慌てて警察を呼びました。お爺さんは今、施設にいます。ですが私は、あの塗りたくられたものを見て以来、化粧がダメになってしまったんです。


 はい? でも君は多分すっぴんでも綺麗だし、一糸まとわぬ姿もきっと素敵だよって? ふふふ。それをあなたにお見せするかどうかは、もう少し考えておきますね。
作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔