火曜日の幻想譚 Ⅴ
486.部屋
眩し過ぎる光を瞼に浴び、重すぎる眼を渋々開ける。鉛の様な身体を起こす。鈍重な動きで布団から這い出し、帷幕の隙間から外を覗く。
硝子を隔てた、燦爛たる世界。間髪入れず、帷幕を閉じる。
非道い頭痛。瞼の痙攣。如何しようも無い苛立ち。憎々しい陽の光を浴びても、改善する気配など無い。
くるりと後ろを振り返る。乱雑、醜悪、不衛生。そんな言葉を体現したかの様な部屋が横たわる。
『死にたい。消えたい。逃げ出したい』
色々な「もの」に立ち向かう気力を失って、どれ程の年月が経っただろうか。運が良いのか悪いのか、世間は自分に緩慢なる自殺を許してくれはした、が。
『いっそ、誰かが殺してくれるなら……』
言い様の無い吐き気。悲鳴を上げる身体。消極的な思考。
まるで正反対のように。
外界の活気。上がり出す気温。昇り詰める太陽。
そう、そうなんだ。
足掻く気力が無いわけじゃ無い。足掻く策が尽きたんだ。万策尽きて、もう蹲るしか無いだけなんだ。
理解した所で、何か手が有る訳も無く、何かが出来る訳も無く。そう、何も出来る訳が無く。
ただ、部屋の壁に凭れ掛かる。屈み込み、部屋の混沌と同化する。
幻聴、妄想、散らばる思考。古傷、抉られる。藻掻く、足掻く、のた打ち回る。記憶、消去出来ず。
やがて疲れ果て、横になる。更に醜穢の中に沈み込む。
自嘲、悲観、厭世。有無を言わせぬ無力感。
無秩序な部屋に転がる、二、三粒ほど残った薬壜。それを力なく蹴っ飛ばす。
壜は毛羽立った絨毯を転がり、開きっ放しの儘の扉に衝突して、こつんと音を立てた。
衝突した薬の壜を、その中に残った一粒の薬を、ぼんやりと見つめ続ける。何かを思い出しかける。それを無理に思い出そうとしても、形には成らない。
気持ち悪い。自責の念。何とか捻り出した溜め息。指の震え。首の痛み。
気が付くと、陽の光が力を失っていく。帷幕の隙間から次第に忍び寄る、逃れる可くも無い黒壇の闇。
また、眠れない夜がやってくる。