小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

創世の轍(二)

INDEX|2ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 また、豊前の心を探るとなると、忽然以上に難しい。第一、豊前という人自体が謎であると佐太郎は考える。豊前が『右へ‥』と命じ、右へ走ると『右へ走ったか・・』と不満気にいう。が、その不満気にというのは、右へ走った家臣が豊前の表情から受けた感覚であって、豊前自身が不満を口にしたのではない。家臣が豊前の表情、口調から推し量っているに過ぎないのかも知れないのである。
 豊前の難しさは、所謂偏屈というものではない。彼が言葉少なである故に、大方の家臣達が、主は一体何を考え、何を自分達に求めているのかを理解し難いだけである。しかし、ごく僅かではあるが、須間三郎の様に多くを語らない豊前の意を解して国を守っている者が居るのも事実である。
 
  翌日の夕方、
「小弥太、今日は、一人で出かける。」
と、佐太郎は、館を出た。時には、気分転換も良いだろうと小弥太には告げたのだが、その実、彼は、父である左之助の様子に只ならぬものを感じたからである。
何時もなら、父の左之助は、帰宅するとすぐに仏壇に火を点す。だが、彼は、昨日帰宅すると仏間の前を素通りして台所へ行き、冷や飯に味噌汁をかけてかき込むと白湯も飲まず再び登城したのだ。
 日頃からやや大袈裟な言動の父であったが、その日の父には、日頃感じる余裕というものがなかった。
 佐太郎は、彼の知らない処で何か不測の事態が起きたのではないかと感じ、須間三郎を訪れてみようと思い立ったのだ。三郎の配下に何らかの動きが有れば、それまで放し飼い同然の無役であった自分に『忽然を配下にせよ。』と告げた豊前の言葉が単なる思い付き以上に重くなる。
 館を出て右に進めば大嶽山だ。彼は、大嶽山への道をゆっくりと進む。四、五丁進むと、数件の農家が在る。その中の一軒に一人の娘が住んでいる。娘というが、年の頃は既に二十五、六歳で、当時とすれば既に子の二、三人は有っても不思議のない年齢である。が、彼女は、いまだに独り身を通している。
 その名を千尋という娘の父親は、嘗て佐太郎の館で働いていた。彼は、名を四方山誠伍といい、真丈流の剣を学び抜刀術に長けていた。佐太郎の父は、その四方山誠伍の腕を高く評価していたが、誠伍は、ある時、何故か暇を申し出て以来、刀を捨て佐太郎の館の近くで畑を耕していると聞く。
 佐太郎がその誠伍の家に近づいた時、道の両脇からの殺気を感じた。彼は、ピタリと歩みを止めた。
「景尾豊前が用人、遠藤左之助の一子、佐太郎である。何用か・・」
と、声を上げるが、物陰に潜んでいる何者かは黙したままで、名乗りを聞いても立ち去ろうとしない。それどころか、既に刀を抜いて、今にも飛び出そうとする複数の息遣いを感じる。
 佐太郎は、やや腰を落とし、目を閉じる・・
 その瞬間、ビュッという鈍い音と共に何かが彼の背を目がけて飛んできた。半身になり、それを躱す佐太郎。
(忍びか・・)
と、感覚的にその相手を読むと同時に、佐太郎は、誠伍の家に向かって走る。その側面から何者かの刃が、佐太郎目がけて打ちかかる。佐太郎は、その太刀を躱し自らの剣を振り下ろす。
「うっ・・」
という呻き声の後、太刀を掴んだままの腕が地面に落ちる。それを見てか、佐太郎の周囲を囲んでいる者達の動きが、一瞬止まった。
 佐太郎の目算で、相手の人数は七、八人というところだ。その五、六人が再びじわじわと囲みの輪を小さくする。佐太郎の後方に居た二人が同時に打ちかかる。佐太郎は、一人の太刀を躱しざまに、もう一人の太刀を受ける。ガチッと火花が散り太刀を受けられた相手が一歩下がる。そこを空かさず佐太郎の剣が、相手の胸を貫く。その貫いた剣があまりにも深すぎた為、相手が倒れる時、佐太郎は、剣を相手に持って行かれそうになり、二、三歩多々良を踏んだ。
 その機を見て、後方からビュッと手裏剣が投げられ、佐太郎の左足を掠め、傷付いた彼は片膝を着いた。
(しまった!)
と、彼は、長刀を放し小柄に手をかけ次の攻撃に備えようとした。時を得たりと一人が佐太郎に向かって大上段に刀を振り下ろそうとした。
 万事休すと思ったが、その相手は、
「ギャッ・・」
と、声を上げ転倒し、その刺客の刃は、佐太郎に届かなかった。
(何が起きた・・?)
と、佐太郎が辺りを窺う。すると、
「若っ! 加勢致す!」
と、誠伍の懐かしい声が聞こえた。同時に、もう一人、誠伍よりやや小柄な助太刀が居ると気付く佐太郎。その助太刀は、誠伍の娘、千尋であることは明白だ。佐太郎を庇うように立つ千尋の身構えから、かなりの使い手であると分かる。
誠伍は、怒涛の攻撃で忽ちのうち更に二人を切り捨てる。この勢いに気圧されて、暗殺者は、大嶽山の方へ逃げ去った。
 傷を負った佐太郎は、誠伍の家に担ぎ込まれ手当てを受けた。傷口に塗り薬をつけながら、
「不覚で御座ったな・・」
と、誠伍がいう。佐太郎は、
「まあな・・力加減を少々間違えた。相手をあれほど深く突くとは思わなかった。」
と、応える。誠伍は、
「そのことでは御座らぬ。供の者を従えず外出なさるなど・・」
と、諫める。
「そうだな・・」
と、応えながら、佐太郎は、
(一体、誰が何の目的で俺などを襲ったのか。)
と、考える。
 この時代、覚えがないままに襲われることなど珍しくはない。だが、豊前の家臣として要職にある訳でもない彼が何故・・と考える。しかも、このところの彼は、館に閉じ籠っていた。それなのに、ふらっと館を出た途端に数人の刺客に襲われたということは、彼は、かなり以前から付け狙われていたと考え得る。
 佐太郎が傷の手当てを終えた時、知らせを受けた小弥太と権六が息を切らせて駆けて来た。気色ばむ二人に、
「大事ない。それに刺客は、もう消え失せた。」
と、白湯を飲みながら静かにいう佐太郎が、ふと外を見れば、誠伍の家の庭先がやけに明るい。聞けば、小弥太と権六が伴った館の家臣数人が松明を点し警戒しているという。
「仰々しい。皆を帰すように・・」
と、佐太郎は言ったが、領内に易々と侵入されて用人の息子が襲われた事態を放ってはおけないと誠伍はいう。
「そういうものなのか・・」
「左様。若は、少々自覚が足りませぬ。」
「そうだな・・」
と、佐太郎は、白湯を運んですぐに奥へ消えた千尋の影を追っていた。
誠伍は、男の子に恵まれなかったが、彼が極めた真丈流の奥義を子孫に伝える夢を捨て切れなかった。そこで、彼は、娘の千尋に後継させるべく彼女が幼い頃から剣を握らせ、その素養
の有無を見定めることにした。
千尋が九歳の時、飛んで来る蜂を切り落とす彼女の姿を見た誠伍は、本格的に真丈流抜刀術を教え始めた。そして、十五年が過ぎようとする現在、千尋は、他道場の師範代くらいは簡単に打ち負かす剣士となっている。
幼少時の佐太郎に剣術を習わそうとする時、父の左之助は、彼を誠伍の元に通わせようとした。だが、佐太郎は、父の勧めに頑として首を縦に振らず、城下に道場を構える無鎧流の春川一平に師事した。その理由は至って単純で、無鎧流の道場へ通えば毎日城下の賑わいを見ることが出来るというものであった。
作品名:創世の轍(二) 作家名:荏田みつぎ