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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Fray

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 梨子は、一対一の接客でスマホゲームの話を延々と聞かされて車酔いをしたようになっていたが、ちょうどその客が帰っていったタイミングで、店長の浜名に呼び止められた。
「リリカちゃん、ちょっと続きでごめんけど。アリサちゃんと初見さん頼むわ」
 梨子と乃亜は、セットで認識されている。浜名は、カウンターでジンソーダを適当にかき回している乃亜を呼んだ。
「アリサちゃん、こっち頼む。てか、ジンソーダに何してんの」
「なんか、泡のぱちぱちが好きだって言うから、思い切り泡立ててました」
 乃亜はピアスが貫く舌をちらりと出すと、浜名に一礼して梨子の隣に立ち、言った。
「へー」
「何も言ってないけど」
 梨子が笑うと、乃亜はツインテールの髪をふわりと振った。サラリーマン二人は、片方が頭脳派のような神経質な出で立ちで、もう一人は体力が有り余っていそうな体育会系で大柄。こういう場所は慣れていないのか、目が泳いでいる。
「リリカ、どっち行く? 私が肉?」
「そもそも、どっちが肉なの。大きい方の人?」
 梨子が笑うと、乃亜はうなずいた。サラリーマン二人がコースを選び、梨子がそれを聞き取って、言った。
「一時間だって」
「世知辛いねー」
 乃亜は小声で言い、俯いたまま意地悪な笑顔を浮かべると、突然切り替えて明るい笑顔を作った。梨子も強制的にスイッチを入れ替え、サラリーマン二人に自己紹介をした。年上の方は作法を知っているらしく、梨子と乃亜にまず何を飲みたいか尋ねた。梨子は、その顔を失礼にならないぎりぎりまで観察した。乃亜は神経質そうな見た目を敬遠したようだが、近くで見るとそうでもない。緊張はしているように見える。
 乃亜が『肉』に代わる呼び名を獲得するために、体育会系のサラリーマンに話しかけた。
「お疲れさまです。なんてお呼びしたらいいですか」
「た、高島ですっ」
 店の雰囲気に気圧されたようになっている『肉』は、声のボリュームが部活並に大きく振り切れていた。乃亜は笑っているが、おそらく今ので完全に選択を間違えたことを悟っただろう。梨子が同じ表情で笑っていると、やや神経質な顔を崩した目の前のサラリーマンが言った。
「山田です。昔バイト先の店長に、よく連れてきてもらったんです」
「よろしくお願いします。そうなんですね、その頃と比べて、いかがですか? 私は去年入ったばかりで、あまり詳しくないんです」
 梨子が言うと、山田は特に違いを見いだせないように、首を傾げた。
「うーん、まあ。どうでしょうね。ただ、八年は経つんで」
「えー。私、その頃は中一です」
 梨子が言って一杯目の乾杯が終わり、ウィスキーが運ばれてきて水割りを作っていると、乃亜が後ろを振り返り、手を挙げた。
「てーんちょー」
 客がいる前なら、浜名は何を言っても怒らない。特に乃亜はお気に入りだから、大抵の無茶は許されている。浜名が咳ばらいをしながらボックス席の前まで来て片膝をつくと、乃亜は言った。
「ねー、店長。八年前、何してました?」
「店長」
 浜名が短く答えて乃亜が笑ったとき、山田が顔を上げた。浜名はしばらくの間、ただでさえ細い目を細めていたが、記憶に行き当たったようにぱっと開いた。
「えっ、もしかしてヨシ? 失礼、ヨシさん?」
「そうです、お久しぶりです」
 山田が言うと、高島が誰に会話のペースを合わせていいのか分からず、きょろきょろと辺りを見回した。乃亜は浜名のスペースを空けるように、高島の真横へ静かに移動した。高島本人は、すぐ横に乃亜が来たことで、顔にアルコールを直接注射したように赤面しながら俯いた。浜名は空いたスペースへ遠慮がちに収まると、言った。
「いやー、懐かしいですね。あのほら、なんとか庵」
「覚えてないじゃないですか。ばなな庵ですね」
 山田が言いながら、その名前の変な響きに改めて笑った。乃亜が少し前にのめりながら、言った。
「山田さん、バイト先がばなな庵ってイメージない。横文字ぽい」
「はは、ちょっとは垢抜けましたかね」
 山田の言葉に、梨子は愛想笑いを浮かべながら、思った。変わった受け答えをする人だ。私たちは当時を知らないのに。梨子を中心に少しだけ温度の下がった場をもたせるように、浜名が言った。
「今日は当時のことを思い出して、来てくれた感じですか?」
「そうですね、ちょっと思い出話になって。大学出てから、振り返る暇もなかったし」
 山田が言い、乃亜は胸元の髪を指にひっかけてくるくると回しながら、高島の方を向いた。
「バリバリ働く人って感じがします。山田さんって、お仕事中は厳しいですか?」
「いえっ! 自分は大事にしてもらっております!」
 その声量で、二つ隣のテーブルの会話が流れ弾を受けたように止まり、乃亜はそれ以上話しかけることを諦めて前を向いた。山田は慣れているようで、苦笑いしながら乃亜に言った。
「すみません、こいつ声がとにかく大きくて。うちエントランスで熱帯魚飼ってるんですけど、高島が朝礼やると全員岩の後ろに隠れるんですよね」
「あはは、魚にも聞こえてるんだ」
 乃亜が笑って話題を引き取ると、そのまま鎮火させるようにシンガポールスリングを一口飲んだ。山田は浜名の方を向くと、言った。
「当時の客で、クラッシーって覚えてないです?」
「えー、誰だろ。あの界隈は、タマちゃんを中心に繋がってるとこもあったからねえ」
 浜名は目を通常の細さまで細めると、首を傾げた。山田はあっさり途絶えた手がかりで熱量を失ったように、ウィスキーの水割りを一口飲んだ。探偵ごっこはここで終わりだ。タマちゃんを殺したのは、気まぐれだった。今考えれば、生かしておいても良かったかもしれない。浜名が立ち上がって一歩引くと、乃亜に『高島の声が通る位置に座って、バリアになれ』と目で合図を送った。四人のテーブルに戻り、山田は高島の方を向いて、言った。
「高島」
「はい」
 その場違いなぐらいに小さな返事に、乃亜が笑った。
「えー、露骨にボリューム下がった。なんで?」
 山田は飼い猫を眺めるように高島の動向を窺いながら、言った。
「言えば、ちゃんとできる子なんだよ。まだ二十四だし。おれからしたら若く見えるけど、君らからすればおじさんかな?」
 乃亜が答えようとすると、代わりに梨子が首を横に振った。
「私、普通に学生なんで。二十四はタメって感じがします。でも、みんなちょっと元気過ぎて疲れるんですよね。山田さんでようやく、少し年上の男の人だなって」
 梨子がすらすらと語るのを見て、乃亜は長いまつ毛を追い払うように鋭く瞬きをした。同い年だが、梨子はこの業界では後輩だ。初対面で話したとき、その壁は徹底的に低く下げられていて、とても話しやすかったのを覚えている。自分がしっかりあって、目的を達成するための手段としてこの店を選んだのだと、数分話しただけで確信した。初めて寿司屋で一緒にご飯を食べたときに、梨子は『妹と二人で家を出たんだけど、急に気合入っちゃって』と言った。そんなことを聞いて、放っておけるわけがない。危なっかしくて入れ替わりの激しい業界だから、少しでも安心して長く働けるように、色々と教えた。だからこそ、その会話の進め方はちょっと問題がある。乃亜は高島の方を向いて、言った。
作品名:Fray 作家名:オオサカタロウ