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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Fray

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 今は十一時半で、全員が昼食に向けてそれらしい仕草を始めている。十二時ちょうどになってから動くようでは、いい店の席取り合戦に勝てない。椎名は理屈では理解しているが、それを実践に移す役員たちを害虫のように嫌っている。しかし人事を決めるのはあくまでその害虫たちだから、面倒なイベントごとには全て首を突っ込んでいる。椎名が合図を出したら専門的な意見を言うのが、こちらに期待されている仕事。しかしたった今、そのタイミングを一つ逃した気がする。
 ピーマンに申し訳程度の手足を取り付けたような体型の根室相談役が、胃袋を空けるようにざらついた息を吐き切り、言った。
「ではでは……、ね。昼も近くなってきましたし。ね?」
 通称『念押しの根室』。椎名は誰にでも有り難くないあだ名をつける。山田は選ぶ権利をもらっており、学生時代の『だーやま』を指定した。
 根室と数人が小走りで出て行き、猪山部長が書類を蕎麦でも打つように机に叩きつけて揃え、セキュリティ連絡会が終わった。椎名と二人でオフィス街を歩き、いつ何を言われるかだいたい想像して待ち構えていると、地上から地下のレストラン街に降りる階段に差し掛かったところで、始まった。
「だーやま、大丈夫か?」
「あ、はい。すみません、発言のタイミングを逃してしまいました」
「体調じゃないのか? それならいいけど」
 椎名は行きつけの定食屋の前で立ち止まり、目だけで山田の合意を得ると、暖簾をくぐった。席に案内されてお冷が出てきて、日替わりを二つ注文したところで、椎名のスマートフォンが鳴った。断りを入れながら椎名が外へ出て行くのを見送り、山田は小さく息をついた。十時からずっと、連絡会で身動きが取れなかった。ようやくスマートフォンを取り出すと、連絡会の直前にトイレで見てしまったメッセージを、再び開いた。もしかしたら、地元民ならみんな知っているような人物なのかもしれない。しかし、聞き覚えはない。クラッシーってのは、誰だ? いなかったことにされた三人目なのだろうか。
 椎名が戻ってきて、料理がタイミングを合わせたようにやってきたところで、いつもの昼食が始まった。椎名の、仕事がつまらなくなったらゴルフを教えてやるといういつもの下り。大手企業ならではの小回りの利かなさと、妙なルールや慣習はある。しかし、マイホームを手に入れてちょうど一年、同年代のサラリーマンよりは頭一つ抜き出た収入を得ている。家庭も順調だ。穏やかな妻の夏美と人見知りをしない昭人は、会社主催のバーベキュー会で人気者になった。家族ぐるみで『会社公認』になるのは、椎名曰く、どれだけ胸くそが悪くても必要な通過儀礼らしい。
 そんな中、突然現れた『三人目』。それが誰でどんな死に方をしたにせよ、自分がやったのではないと胸を張って言うことはできる。しかし、どうやって言えばいい? 『竹下と牧田は私が殺しましたけどね』という前置きなしに、三人目だけを否定できる気はしない。探りを入れるなら、なるべく裏側から。例えばタマちゃん界隈なら、こういう変なあだ名の人間はあちこちにいそうだ。当時よく連れて行ってもらった店に顔を出すのも、いいかもしれない。誘えるとしたら後輩のお祭り男、高島。
 山田がその方法をできるだけ論理的に考えていると、椎名が笑いながら味噌汁のお椀を置いた。
「お前、考え事してるときさ、目がすげー動くよな。何か追っかけてるみたいだ」
 山田は苦笑いを浮かべた。それはできたら『うさぎ』の方に言ってくれ。
 今まで喜んで食べていた死んだ餌の味が急になくなったように、昨日からうるさくて仕方がない。
      
       
 夕方四時半。学校が終わって、持田歯科に向かうまでの道。真里佳は梨子にメッセージを送った。
『今日、梨子ちゃまはカラオケ行ったりしない?』
 すぐに既読に切り替わり、梨子から返信が届いた。
『予定ないね。来るなら誰か誘うけど』
『いかねー。アンケートだよ。ご飯どうしよっかなって』
『事件のことで頭いっぱいでしょ、今日は乃亜と食べて帰るわ』
 梨子は基本的に優しい。七瀬乃亜は梨子のバイト仲間で、黒髪ストレートのツインテールという、袖をめくれば両腕に撃墜マークのようなリストカット痕がありそうなタイプ。同い年の大学生とはいえ、この二人が仲良しで休日にも会ったりするというのが、にわかには信じられない。一度だけ、梨子と合流するときに喫茶店で会ったことがあるが、ガラスケースで保護された人形のように綺麗な顔をしていて、目を見て話すこと自体、現世ではちょっと無理そうだった。電車に乗ったら目立つだろうなと思っていたら、改造された黒い車で帰っていった。車に人相があるとしたら、恋人をグーで殴りそうなタイプの見た目。梨子曰く、少し古い型のクラウンマジェスタで、乃亜は『おマジェ』と呼んでいるらしい。でも、梨子は乃亜の話をするとき本当に楽しそうだから、異種間交流はほどほどに、とも言えない。
『ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、ちょっと没頭します』
 持田歯科までの道は街灯が並んでいて明るい。だからこそ、今頭の中で渦巻いている考えの暗さと全く噛み合わず、無重力の宇宙空間に紛れ込んだように感じる。
 倉敷友香、通称『クラッシー』。梨子が覚えているかどうかすら、怪しい。当時は、梨子は反抗期の真っ只中で、人の話など聞く余裕はなく、下手に話しかけたら、妹ですら千枚おろしにしかねなかった。二人の人間として話せるようになったのは、梨子が高校生になり、こちらが大人しめの反抗期に入った頃だった。
 記事を編集したとき、どこかで『そんなわけあるか』と猛烈に反発を食らうことは分かっていたし、正直それを期待していた。倉敷のことになると、いつも気軽に使っている『殺す』というフレーズは、衝撃を避けるように頭の片隅へ隠れてしまう。誰かに殺されたなんてことは、あってはならないことなのだ。でも、反発する中に一人でも、倉敷の身に何が起きたのか、知っている人がいれば。受け入れられる説を数回のキャッチボールでも話し合えたら、どれだけ気が楽になっただろう。でも、そうはならなかった。今まで足で強さを試していた床が、今日は完全に抜けたような気がする。
 持田歯科の裏口から中へ入ると、真里佳は鞄をロッカーに入れた。受け止められないような衝撃を受けた瞬間は、意外に立っていられるし、普通にしていられるものだ。顔はいつも通りの笑顔に切り替わる準備ができているし、今日誰が何時に予約しているかも、昨日の記憶が鮮明に蘇って、頭の中はすでに切り替わっている。そんな中残ったのは、自分と直接関係のある事実だけ。梨子は十時にお店を出るが、乃亜はさらに一時間遅い。そこから一緒にご飯を食べれば、日付が変わる。
 つまり、そこまでは自由時間だ。
    
    
 午後八時半、一度ほぼ満席になって、一時間だけ軽く飲んだ客が引いていったタイミング。ふらりと入ってきたサラリーマン二人に、レジ前から出てきたボーイが声を掛けた。
「いらっしゃいませ、二名様でしょうか」
作品名:Fray 作家名:オオサカタロウ