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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Fray

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 真里佳のスマートフォンが鞄の中で光り、それが乃亜からだと気づいた真里佳は、梨子に差し出した。
「乃亜さんから、私にかかってきた」
 現実に引き戻すには、同じ爆心地にいる妹より、電話の向こうにいる友達の方がいい。真里佳がそう思っていると、梨子はスマートフォンを受け取って、通話ボタンを押した。乃亜は通話が始まる前から声を出していたように、いきなり話し始めた。
「急に連絡してごめんね、びっくりしたっしょ」
 いつもの早口が聞こえてきて、梨子は涙を浮かべながら呟いた。
「乃亜」
 梨子が言うと、乃亜は電話のスピーカーが割れるような音で叫んだ。
「あれ、梨子? 大丈夫? とんとん拍子過ぎてヤバみを感じたんだけどさ。あのヨシって、やっぱちょっと危ないってか。なんかサイコっぽくない?」
「今ちょうど、殺されかけたよ。でも大丈夫」
 梨子が言うと、電話の向こうが死んだように静かになった。しばらく間が空いてようやく、乃亜は呟いた。
「マジで言ってる?」
「うん。もし乃亜がよければ、今日中に会いたいかも。顔が見たい」
 梨子が言うと、乃亜は声を出して笑った。 
「今日、顏全然作ってないから、期待しないで。てか、おマジェと梨子の地元うろついてんだけど。どこいる?」
 梨子は真里佳に、『乃亜が心配して、近くに来てくれてる』とささやくと、乃亜にコンビニの名前を伝えた。間延びした『あー』という声が返ってきて、乃亜は言った。
「さっき通ったわそこ。戻りまーす」
 乃亜との通話を終えた梨子と真里佳がコンビニの駐車場に辿り着いて数分が経ったとき、黒色のクラウンマジェスタが交差点でUターンし、エアロパーツを擦りながら入口の段差を上ると、二人の前で停まった。運転席から降りてきたジャージ姿の乃亜は、梨子と真里佳の顔を代わる代わる見ながら言った。
「めっちゃ擦ったわ。何があったの?」
「乃亜、来てくれてありがとう」
 梨子は、跳ね上げた前髪をピン留めしている乃亜に言った。真里佳は頭を下げると、梨子の後に続いて言った。
「七瀬さん、ほんとにありがとうございます」
「いえいえ、どーも」
 乃亜はかしこまって留めていたピンを抜き、いつもの印象通りの髪型に戻した。前髪が眉の上で揃った顔を指差して、乃亜は梨子に言った。
「見たい顏って、これだよね?」
「うん、そんな感じ」
 梨子が言い、乃亜と顔を見合わせて力なく笑った。乃亜は、真里佳に言った。
「大丈夫?」
「はい、ちょっと色々とありすぎて。七瀬さんのメッセージがなかったら、私、気づいてなかったです」
 真里佳が言ったとき、少し顔色を取り戻した梨子が、店内へ目を向けた。
「ちょっと、ホット買ってくる」
 早足で入っていく梨子の背中を見ながら、乃亜は言った。
「ホット、何? おーい、韻だけ踏んでラッパーかよ。お姉ちゃん、いつもあんな感じ?」
 真里佳は少し笑顔を取り戻して、うなずいた。
「はい。高速回転です」
 今まで誰にも言えなかった、姉を評価する言葉。誉め言葉でありながら、そこには若干の畏怖も込められていた。乃亜は少し誇らしげな笑みを浮かべると、うなずいた。
「分かる」
 湯気を上げるコーヒーを三つ持って戻ってきた梨子は、乃亜と真里佳に一つずつ手渡し、一口飲んでから言った。
「ほんとに、今日こそ色々言わなきゃいけないことがある。真里佳、どうしてあの家から出てきたの?」
 真里佳は肩をすくめると、川沿いの道へ足を踏み入れてからのことを全て語った。あの家の主が楠木という名前で、妹を子供の頃にあの川で亡くしていることや、それがきっかけで両親から疎外され、家族を憎むようになったことまで。乃亜は、梨子の話も合わせて聞き込むと、僧侶のように目を閉じて手を合わせた。
「ちょっと、ボリュームありすぎ。じゃー、警察が来たら、また事情聴取とかあるんだね」
 乃亜が言ったとき、駐車場から見える川沿いの道路に、ヘッドライトの光が灯った。真里佳が気づき、首を伸ばした。梨子も同じように目を細めながら、やや黄味がかった光がゆっくりと形を変えるのを見つめた。乃亜が最後に振り向いたとき、真里佳は誰にともなく言った。
「どこ行くの?」
 あのトラックが、のろのろと動き出している。乃亜が呆れたように、笑った。
「あれ、言ってた人? 段取り自分でガン無視してない?」
 真里佳はその様子をしばらく見ていたが、梨子の腕を掴んだ。
「姉ちゃん、ヤバい」
「何が?」
 梨子は言いながら、真里佳の方を向いた。顔が真っ白で、ほとんど蛍光灯の光と同じ色に見える。真里佳は言った。
「山田さんって、家族はいる?」
「結婚してるよ。息子さんが一人って、言ってた」
 梨子が言うと、真里佳はだだをこねる子供のように、梨子の腕を引いた。
「楠木さんは、家族が大嫌いだって」
 自分たちを助けてくれた。それは確かだけど。それは、そもそも頭の中にある目的が違うからだ。真里佳は乃亜に顔を向けて、言った。
「あの人、家族を殺すつもりです」
 乃亜が真顔に戻り、コーヒーを二人の手から回収すると、ゴミ箱に放り込んで振り返りながら、クラウンマジェスタのドアロックを解除した。
「追いかけよ。後ろ乗って」
 スモークが貼られた後部座席に梨子と真里佳が座ると、運転席に座った乃亜は駐車場でクラウンマジェスタを転回させ、コンビニから出るときにバンパーを擦りながらアクセルを踏み込んだ。橋を渡って国道を左折し、川沿いの道と並走していると、トラックが走り出すのが見えた。真里佳は、川沿いの家の前に誰もいないことに気づいて、言った。
「絶対、通報もしてない」
 梨子は、警察に電話をかけようとしてスマートフォンを取り出したが、どう伝えていいか分からず、乃亜と真里佳の顔を交互に見た。
「通報しなきゃ。でも、なんて言ったらいいかな?」
 乃亜は追い越し車線に入ってスピードを上げていたが、トラックが橋を渡り始めたことに気づいて、スピードを落とした。
「この道に合流するっぽい」
 信号待ちで停車すると、乃亜は梨子の方を振り返った。
「私が合図したらさ。真里佳ちゃんは動画撮って。梨子は通報。チームワークでいこ」
 乃亜はバックミラーを見た。後ろに停まっている車は、左に指示器を出している。他に、直進する車はいない。見渡す限り、サーキットのようにがらんとした二車線の道だ。バックミラー越しに二人を見ると、乃亜は言った。
「ちょっと、私に任せて」
 二つ先の信号が赤に変わり、橋に面した方の信号が青に変わった。トラックが滑り込むように交差点に進入して左折したとき、目の前の信号が青に変わり、乃亜はアクセルを踏み込んだ。一つ先の信号と、トラックが曲がっていった交差点の信号が両方青に変わり、勢いよく加速しはじめたクラウンマジェスタの後部座席で、梨子が言った。
「乃亜、速い速い!」
 真里佳がスマートフォンを持ったままドアグリップを掴み、乃亜は追い越し車線に入ると、上り坂を六十キロで走るデリカトラックに並んだ。真里佳は、何もなかったはずの荷台にブルーシートがかけられていることに気づいて、呟いた。
「さっきまで、荷台は空だったのに」
作品名:Fray 作家名:オオサカタロウ