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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Fray

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 そう言ったとき、前に立ちふさがった大柄な男が言った。
「飛び出したら危ない」
 その顔を見た真里佳は、男が鼻血を出していることに気づいて、後ずさった。
「あんたが鞄でやったんだよ」
 楠木は呆れたように言うと、目の前で小刻みに震え続けている高校生に向かって、小さくため息をついた。
「人殺し……」
 荷台にぶつかった部分を中心にぼやける頭をどうにか回転させながら、真里佳は呟いた。
「何を言ってんだ?」
 楠木は言った。真里佳は恐怖心がどこかへ蒸発したように、トラックを鋭く指差した。
「あの、リスのぬいぐるみ。あんな風に縛り付けるなんて、狂ってるよ!」
「は?」
 楠木は、ぽかんと口を開けた。真里佳はスマートフォンを掲げて、画面を見せた。
「これ、自動でクラウドに同期かかるから。このスマホを壊したって、無駄だよ」
 ナンバープレートと並んで映るぬいぐるみを見た楠木は、しばらく呆気に取られていたが、ようやく事態を飲みこんだように呼吸を取り戻した。
「あんた、クラッシーの友達か?」
「あんたは、クラッシーの何なのよ!」
 やけくそのような口調に気圧されて、楠木は瞬きを繰り返した。
「何って、なんでもない。そのナンバー横のやつはごめん。気づいてなかった」
「あの子に、何をしたの」
「おれは何もしてない。あんたもしかして、同じ手芸部にいたか?」
 楠木はそう言うと、口まで流れ込んだ鼻血を避けるように口を閉じた。真里佳が答えようとすると、手で遮った。
「もういいや、帰ってくれ。とにかくおれは、あの子に何もしてない。バッグがそこで千切れて、修理しただけだ。それからよく来るようになった」
「行方不明になったんですよ」
 真里佳が言うと、楠木はうなずいた。
「そうだな。ぱったりと来なくなった」
 真里佳は家に戻ろうとする楠木を追いかけた。玄関までついて行ったとき、信じられないことが起きたように楠木は振り返った。
「あんた、クラッシーにそっくりだな。あの子も勝手に上がり込んで、漫画読んでたよ」
「仲が良かったんですね? だから、あだ名を知ってるんでしょ?」
 真里佳が言うと、楠木は首を横に振った。
「友達と言うには、歳が違いすぎる。ただ、おれには妹がいて、子供の頃にそこの川で死んだんだが、クラッシーはよく似てた。だから、追い払えなかった」
 家に上がった楠木は、玄関で立ちはだかるように体ごと向き直った。真里佳は呟いた。
「ひどい」
「何がだよ?」
 楠木はそう言って、上着を脱ぐとそれで鼻血を拭った。原始人のような振る舞いに真里佳は顔を引きながら、言った。
「妹さんのこと……、です」
「おれは楠木。外れてたらごめんだけど、あんたはテラマリで間違いないか?」
 真里佳は身を守るように体を縮こまらせた。
「どうして、何でも知ってるんですか」
「クラッシーは、おれに学校の話をしたからね。そのときに、ほんとに仲がいい子とは秘密の呼び名で呼び合ってるって、言ってたんだ」
 楠木はそう言うと、上着の一部を鼻に当てたまま上を向いた。真里佳はポケットティッシュを取り出すと、楠木に差し出した。
「ああ、ありがと」
 楠木はそう言うと、取り出したティッシュを丸めて、鼻の穴に詰め込んだ。
「あんなの、荷台の真下に吊ってても、気づかないよ」
 鼻声が間抜けさを増幅させて、真里佳は身の危険が完全に去ったように、腑抜けた笑い声を漏らした。楠木は続けた。
「とにかく、あのテラマリなんだな?」
 真里佳がうなずくと、楠木は土足のまま家の中に上がり、クマのぬいぐるみを二つ持って戻って来ると、埃を払いながら言った。
「あの子がおれにくれたやつだ。あんたが持っていた方がいい」
 真里佳は、楠木が手に持っているぬいぐるみを見つめた。幼い字で書かれた日付は二〇一六年となっている。
「どうして、来なくなったんですか」
「それは、こっちが聞きたいね。最後に見たときは、トラックのワイパーに青い花を挿してた。とにかく、思いついたら後先考えずにやるタイプなんだろうな。ただ、あの子が家に帰りたがってないってのは、よく分かったよ」
 楠木はそう言って、開きっぱなしになった玄関の扉を指差した。
「さ、帰ってくれ。頭は痛むか? 駅まで送ってもいいけど」
「頭は大丈夫です。殺人鬼じゃないんですね」
 真里佳が言うと、楠木は肩をすくめた。
「善人ではないけど。少なくとも、あんたの思うようなタイプではない」
 真里佳が鞄を肩にかけなおし、その仕草で楠木が安心したようにティッシュの位置を調整すると、真里佳は玄関のドアを後ろ手に閉めた。予想と反対の行動に楠木が目を丸くすると、真里佳は言った。
「クラッシーのことを聞きたいです。どんなことを覚えてますか? もう来ないから、教えて」
 その両目に、見る見るうちに涙が溜まり、楠木は低い唸り声を漏らすと、首を縦に振った。
「分かった」
 廃屋の中で腰を下ろせるのは、居間の周りだけ。昔は、両親と若菜も、このテーブルを囲んでいた。そういう時期があったというだけで、テーブル自体は今も変わっていない。反対側に座布団を投げると、楠木は床へ直に腰を下ろしてテーブルの上にぬいぐるみを置き、向かいに座った真里佳に話し始めた。突然壊れたバッグや、本当は出入りしてほしくなかったが、久々に寄ったら勝手に中で漫画を読んでいたこと。来るたびに、お裾分けのようにぬいぐるみを置いていったこと。その行動全てが真里佳の考える倉敷友香と一致し、二人とも結論を出せないでいる最後の日に辿り着いた。
「さっきも言ったけど、あの日クラッシーは、おれのトラックのワイパーに青い花を挟んでた」
 楠木がそう言ったとき、真里佳の鞄からはみ出したスマートフォンが光った。鞄に目を向けて、楠木は言った。
「返事しないでいいのか?」
 真里佳はちらりと鞄に目を向けたが、うなずいた。楠木は続けた。
「とりあえず、褒めたんだ。そしたら、好きな色を聞かれた。白って答えたら、そこから家族の話とか、急に話し出したんだ。テラマリってのも、そのとき聞いた」
 真里佳は固まったように、楠木の顔を見つめ続けた。自分も、同じように白と答えた。
「私も、聞かれたことがあるんです。友達になったときでした。白って答えたら、シロツメクサを摘んで、アレンジしてくれて」
「シロツメクサって、川沿いに生えてるやつか?」
 楠木は目を見開いた。真里佳は首をかしげたが、さっき見たばかりの光景を頭に呼び起こしてうなずいた。
「そこにも、生えてますね」
「若菜は……。おれの妹は、そこの川に花を取りに行って、流されて死んだんだ」
 言葉が凶器になったように、真里佳は鋭く瞬きをした。楠木は自分の頭の中で生み出された結論を守ろうとするように、テーブルから体を引いた。
「あの子は、なんでも作ってプレゼントしてくれた。おれだ。おれのせいだよ」
 真里佳はその様子を見ながら、テーブルに身を乗り出した。スマートフォンが鞄から滑り落ちて、テーブルにぶつかって大きな音を鳴らした。その音で一度体がすくんだが、真里佳は言った。
「どうして、楠木さんのせいになるんですか」
作品名:Fray 作家名:オオサカタロウ