天界での展開(4)
「いかにも毘沙門天じゃ。寿老人、お前、また時々現れる症状に悩まされておるのか・・」
「ああ・・ 良かったぁ~、助かったぁ~~・・ 毘沙門天よ、わしを正気に戻らせてくれてありがとう・・」
「気にするな。お前は非常に繊細な神経を持ち、全てに愛情を持って人間どもの為にと全身全霊を傾けるから、時としてその様に心身に異常を来すのじゃ。この天界の役人の中には、お前には七福神の勤めが無理だろうという者もおる。だが、わしは、お前こそが全ての神の模範じゃと思うておるぞ。優し過ぎるが故じゃ。優し過ぎる故に時に自律神経に異常を来すのじゃ。ただそれだけの事じゃ。まあ、少々短気が災いする折も有るがな。」
「ありがとう・・、毘沙門天よ、お前ほどわしを理解してくれておる神は居ない。感謝・感激じゃ・・」
「うん・・ それよりも、大体の事情は掴んでおる。その不法侵入者は、何処に?」
「それが、暫く夢現(ゆめうつつ)で歩き回っておったので・・」
「(やはり、部下を連れて来ないで良かった。部下達に寿老人のこの様な姿を晒すのは、このわしとしても忍びない。)相分った。後は、わしに任せておけ。お前は、帰って少し休め。」
「ああ、そうするよ。暇を見て、また遊びに来てくれ。女房も当分お前の顔を見ておらんと言ってたぞ。」
「そのうちにな・・ ところで、深心は達者か?」
「ああ、兄であるお前に似て元気そのものじゃ。」
「そうか。では、いずれまた・・」
「うん、ありがとう・・」
「・・・・おっ、あれか・・ こりゃ! 貴様、誰の許しを受けて禁断の桃源郷に入ったのだ! 此処は、大神様と雖も天界常任委員会の過半数の同意が無ければ入れぬほどの場所。何処の馬の骨か分からぬお前の様な者の入れる処ではない!」
「あ、こんにちわ~・・」
「気安い挨拶をするでない! わしは、この桃園を守る毘沙門天じゃ。名を名乗れ!」
「え? あんたが、毘沙門天か? サルが話していた通り、流石に押し出しの良い神様だなぁ。」
「わしを見ての感想などどうでも良いわ!」
「そうなのか? あ、俺はですね、ごく最近権蔵として死んでですね、その昔は、蜂須賀双六として死んだ者です。」
「その、ごく最近死んだ者が、何故、この様な処をうろついておるのじゃ。」
「何故って、腹が減ったなぁと思ってたところに、ちょうど『食べてくれ~』と手招きする桃が見えたから、つい入って来ましたぁ。」
「うう・・(これは、バカか・・それとも、相当な胆力の持ち主か・・このわしを目の前にして怯えるどころか人を喰った様な話し方じゃ。それに、この死装束姿・・・あっ、地蔵と千手観音様が、何やら閻魔殿で・・と、配下の者が噂しておったが、もしかして、この男、その折に閻魔に無理矢理寿命を縮められて天界へ来たという人間か? う~ん、人間界の浄化に踏み切るかも知れぬという噂は、本当であったか・・)」
「ちょいと、毘沙門天様。うう と唸っただけで黙ってるけど、小難しい話は後にして、あんたも桃を食べるかい? 美味しいぞ。途中で何だか譫言(うわごと)など言いながら何処かに行っちまったけど、流石にあの爺さん、丹精込めて作ってるねぇ。ここまでに美味しいものを作るまでに随分と時間が掛かっただろうなぁ。」
「当り前じゃ。あの寿老人に限って、何事も手を抜くなど有り得ん。」
「そうだよな。特に土壌改良の話をした時など、目が輝いていたものな。」
「その様な話など致したのか・・ というよりも、先程『あんたも 食べるか?』と言ったな。あんた も と言ったな?」
「言ったよ、あんた も と。」
「という事は、お前は、此処の桃を既にひとつ食べたという事か?」
「いいや。」
「じゃあ、食べていないのか?」
「いいや。」
「どちらじゃ。はっきり応えろ。」
「はっきり言うとだな、ひとつじゃなくて、二つ食べた。」
「えっ、え~~~~~・・・・・」
十の 権限
「はっきり言うとだな、ひとつじゃなくて、二つ食べた。」
「えっ、え~~~~~・・・・・」
「ん? 毘沙門天様、何を急に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして驚いた後に絶句するんだい? そんな暇があるのなら、あんたもこの桃をひとつ食べてみなよ。本当に美味しいんだから・・」
「そ、その様に大それた事が出来る筈がない。良いか、よく聞け。この桃園の桃は、大神様がこの天界にて必要と認められた時に、その訳を天界常任委員会に諮った上に、その必要とされた者にひとつだけ使える決まりなのだ。」
「あ、そうだったの? それで、どの様な場合にこの桃が使えるんだ?」
「例えば、世の為に働く重要な天界の神が重い病になった時に治療薬として使うとか、長らく天界の平和に尽くしておった神が、魔界のおどろおどろしい力に負けて公務が執れぬ状態に陥った時、その労苦に報い正常な姿に戻す為などと極々限られておる。このわしとて、嘗て魔界の或る集団と闘い、命に関わる負傷をしたが、その時でさえ此処の桃は与えて頂けなかったのだ。」
「そうなのか? それは大変な経験をしたんだなぁ。」
「うむ、それもこれも天界の平和を守る為。多少の傷などに戸惑うほどの事も無いわ。」
「だけど、そういう経験を聞いてちょいと思ったんだけど・・ どうしてなんだろう・・」
「どういう事だ?」
「俺が思うにだな、あんた、北方守護殿の親分だよな?」
「そうだが、それで・・?」
「北方を守る神様が居るって事は、南方を守ってる神様も居るって事か?」
「当然の事じゃ。この天界では、東西南北それぞれに守護神が配置されておる。東には持国天、南には、増長天、西は、広目天が配置されており、北は、このわしが多聞天と別の名を頂いた上で守っておる。天界では、それぞれ特殊な能力を持った我ら四人を四天王と総称して呼ぶこともある。」
「そうなのか。それで、あんたは、どの様な能力を持っているんだい?」
「わしは、無尽の福・衆人愛敬の福・智慧の福・長命の福・眷属衆太の福・勝運の福・田畠能成の福・蚕庸如意の福・善識の福・仏果大菩提の福を備え持っておる。そして、配下には、今述べた十の福部があり、それぞれ衆生及び天界を管理し、褒賞を与えたり罪に応じた罰を与えたりしておる。」
「何とまあ、欲張りだなぁ・・ そんなに沢山の権限を持ってどうするんだい?」
「思い様に依っては、欲張りと言う者も居るであろう。が、この世は、そうそう単純には出来ておらぬ。様々なしがらみの中で、それぞれが幸せを追い求めておるのだからな。例えば、お前が良い事だと思っても、他の者は、悪いと思うかも知れない。神々や人々の訴えを聞いた時、『そうか、よく分かった。だが、○○の件はわしの担当ではないから・・と、賞罰を決める際に対象となる神や人間を盥回しにしておったのでは埒が明かぬであろう。わしが頂いておる権限は、使い方に依っては大変危険な凶器ともなるが、其処の処を充分に理解した上で公平を心掛けて使えば良いだけの事じゃ。』