Disillusion
「オレは化け物でも人間でもどっちでもいい。」
そういった向日葵に僕は問いかける。
「じゃあ聞くよ。君は何をどうしたいの?」
向日葵がよそ見した状態で固まる。そのまま数十分が過ぎていく。
「私は…。」
向日葵の一人称が私に切り替わる。本心からの話をしようか迷っているんだろうか。
「私は…私の世界を変えたかった。」
向日葵が初めてみせた露骨に悲しそうな貌。
「今は違うのか?」
僕が問うと、向日葵は力なく首を横に振り、微かに震えていた。
「きっと今もそう…だと思う…。本当は恵雅と…同じ意見なのかもしれない…。私は人鋳型の考え方をずっと引き摺って来た。違うという考えもあった。でも壊れた世代からは壊れた仔しか生まれない事を想像させる今の社会を見ると、私はその考え方を捨てざるを得なかった。そんな世界の不協和螺旋からはみ出た私を世間は認めなかった。だから私はこの腐った世界を改革したいと思った!願った!何度も何度も!」
諾々とあふれ出す言葉を吐き出すように喋り続ける向日葵は半分壊れていた。きっとこんなことを相談できる相手はいなかったのだろう。よく観ると彼女の瞳は潤んでいた。
「だから私は認めない…だから私は…。」
以前話していたところだった。彼女はいったいあの時何を言いかけたのだろう。
「だから私は…。」
認めてほしかった?かえる切っ掛けが欲しかった?誰かに引き金を引いてほしかった?
「だから私は、誰かに頼りたかった…。一緒にこの世界を変えようって…そういえる誰かが…」
そうか。だから彼女は時々とても寂しそうな貌(かお)をしていたのか。何でそんな簡単なことなのに気づいてあげられなかったんだろう。これじゃ三年前の二の舞じゃないか。今度こそ守ろうと思ってたのに。僕は守ったつもりだったんだ。僕は悔しくて悔しくて堪らなく、唇を噛んだ。血の味がする。
「…ごめん、向日葵。僕は傍にいることしか出来なかった…」
向日葵は僕に初めて笑いかけてくれる。
「それで…十分だ」
向日葵は僕に寄りかかる形で気を失った。その瞳からは一筋のしずくが零れ落ちていた。僕は今度こそ守ろうと誓った。遠藤さんに、そして向日葵に。
第 2 部 「 空 蝉 ノ 時 雨 」
―空蝉ノ時雨。それは本来在るはずの無い物。闇に堕ち、戻ることを拒まれたはずの奴がそこにいる―
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時刻は丁度、六時半といったところか。人の気配のない私の家は不気味な程蒼かった。日が出てはいるが、まだここまで当たっていない。明るい空と対照的なその部屋は、もはや殺風景を通り越して空き家に近かった。あるのは小さな冷蔵庫とベットとテレビだけ。ボリュームを1まで下げているそのテレビに映るは画質の悪い天気予報。画面がブラウン管の砂嵐のような音が小さく混じらせながら揺れる。
「今日も雨か」
黒いタートルネックにジーンズ、その上から大き目のブルゾンを羽織って外へと出た。
そいつはくるくると回る椅子で左右に揺れながら、眉間に皺(しわ)を微かに寄せて薄いため息を吐く。
「どうした」
レイコが気だるそうに煙草の灰煙を吐き出しながら聞く。遠目に見ると、PCには異端者(アウトサイダー)死亡者リストがあった。
「成る程。綾川(ヤツ)か。私も気になってはいたんだ。私が直接消したというのは確実だったんだがな。」
「だとしたらリストに載っててもおかしくないはず。二年以上の不帰還や報告の断絶は死亡とみなされる。そういうことですね。」
恵雅はボールペンを下唇に当てて鼻を鳴らす。
「大方、円卓側も消し去りたかったってところだろ。レイコに消されたことを知っているのに…いや、知らないにしろ、結局情報処理が成されていない状態だったんだ。そう考えるのが妥当だろ。」
問題は…。そういって間をおく。レイコはそれに不満そうに答える。
「衝撃で死ぬ瞬間までは見ていない。少なくとも大怪我どころじゃなかったな。」
「なんだそれは。そんなアバウトな方法で他人を死んだことにしていたのか。」
レイコは拗ねる様にいう。
「そうどやさんでくれ。」
梃子摺っていた、とまではいわない。そういってまた気だるそうに二本目の煙草に火を点ける。それに見向きもしない恵雅は、とりあえず今はというニュアンスで纏める。
「つまり円卓側では存在の抹消を謀っていて、綾川本人は玲子さんから受けた傷の治癒をしながら策を練ってたと考えられる
わけですね。現時点で生きてるようなので。」
そう考えるのが道理だろうね、と優が置いてあるファイルに目を通しながら誰にともなく答える。少し間をおいて付け足す。
「結局こちらは異端側(アウトサイド)。普通が通じることのほうが少ないと思うけどね。」
レイコが怪訝な顔をする。史上最強と自負していた異端者(アウトサイダー)としての矜持と誰にも負けなかったという事実と積み上げた経験からくる自尊心が傷つけられたことに対して少し腹を立てているのだろう。
そんな中、三國が堂々巡りの会話にピリオドを打つ。
「とにかく、意図がつかめないうちはこちらからアクションを出すのはNGだ。触るな危険って訳でしばらく待て。爆弾が爆発するまでな。」
正論中の正論ではあるが、解せない矛盾が引っかかり悩む頭をさらに悩ませ、相手に主導権を握らせていいものかと考えをめぐらせた。
「向日葵。ちょっとよっていかない? 」
男はそう私を誘った。
マンションのエレベーターに乗る。むんと鼻につく臭いがする。階のランプが1、2、3、とテンポよく刻まれていく。そのリズムは5で止まり、扉を開いた。そして少し左に行ったところにコイツの家があった。
恵雅の部屋はすごく殺風景とでもいえばいいのか、大して目立ったものもなく健全さの片鱗が窺える物だった。恵雅はその部屋にビターの板チョコと飲み物を運んできた。そして何気なく部屋のテレビをつける。
『昨夜の午後五時過ぎに、商店街の中心で変死体が続々と発見されました。』
耳がおかしいかと思った。いや、耳だけじゃなく眼もおかしいかと思った。それは紛れもなく昨日、昇を追って通った商店街だった。
「おい、これ…」
私も恵雅もそれっきり押し黙り、食い入るようにテレビをみる。
『今野さん、昨日から大変な騒ぎのようですが、もう一度ご説明いただけますか?』
『はい。この商店街には死亡推定時刻の午後四時にも人通りは多く、むしろ混雑しているとすらいえる状況でした。その密集地帯で十四人もの少年少女が殺されています。ただ、その死に方が全て異常で刃物も何も使わずに手で心臓を抉り取られる形で殺されているのです。』
『犯行を見た人はいなかったんでしょうか』
『それが誰もいなかったんです。その上、第一発見状況が犯行が行われた瞬間ですからねぇ。』
なんとも分かりやすい異常(アウト)だ。
「第一発見者が現場にいた全員か。奇々怪々じゃ足りないな。」
「手で心臓を抉り出すなんて不可能だ。殺る瞬間を近くの全員が見ているのに犯人だけが視界から外れているなんてのもおかしい。普遍者(インサイダー)の理では」
あまりに普遍性が無いことから流石にコイツも察したらしい。
作品名:Disillusion 作家名:紅蓮