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Disillusion

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 電撃の余韻の残るなか、私は採取したヴェルニンを栓式試験管にいれて専用アタッシュケースにしまいこんだ。さて、仕事もひと段落したしホームに戻るか。そう思って立ち上がった瞬間。悪寒ともいえる感触がじわりと身体を喰らった。
 「くっ…この業圧…。何だ…?優。聞こえるか?」
胸を押さえて喘ぎながら無線機を耳に当てる。
 「姉さん?」
優は異端者(アウトサイダー)でも堕天使(ゴージュマン)でもない。それでも特異体質がある。うちの家系はその血を引き継いできたが、ここまで強烈なのはいなかった。優は異端側(アウトサイド)関連の道具、とくにレーダー等の探索装置や追跡装置、業(サイ)段階水準(レベル)の測定器などの開発に秀でている。これらは、プログラミングと設計と業(サイ)の三つの技術が必要だ。だが優は無能力者にしてその手の技術にかなり強い。学力は並だけど。
 「今すぐ業圧レーダーを起動しろ。強烈なのがいるぞ。私並み…。いやそれ以上かもしれん」
 「範囲は?」
少し咳き込んで無線機に話し続ける。優は仕事をするときの凛とした声になっていた。
 「この業圧だ・・・三キロがいいとこだな。」
カタカタと無線機から装置を起動させる音が聞こえる。
 「姉さん!業反応はありますが、三キロは圏外です!」
 「な…馬鹿な…。」
だんだんと焦りが生まれてくる。それを静止しながら優にさらに広範囲に広げていくように指示する。


 「特定できました…。三百キロ離れています…!」
つまり、この場で息が出来ないほどの業圧があるのにそいつの本体は三百キロははなれていると…。
 「移動方向は特定できたか?」
 「南南東…。こちら、ギルドホームに向かってます…。」
優が静かにカタカタとさらなる詳細を調べる。
 「姉さん、すぐにホームに戻ってください。三人で特定を急がないと、死亡ですよ…」
その言葉と共に私はホームへと向かった。


  ここまでの能力の持ち主は、私がギルドマスターを務めると同時にコチラの世界に入った間にも、その日から今日までの数年でもそれ以前でもそんなヤツは聞いたことも見たことも感じたこともなかった。
 「そんなヤツは情報リストにも始末リストにも未確認リストにも載ってなかったぞ。」
三國が粗雑にリストを革ソファーに投げ捨てる。だがそんなことに構っている暇はない。
 「玲子、どっちだと思う?」
主語はなくてもすぐ伝わった。
 「これほどの力の持ち主だ。今までレーダーにも引っかからず、私にも見つけられなかった。つまり姿を隠してたわけだ。それをここまでおおっぴらに開いてこちらに向かっているとなれば…。」
私は最後までいわずに優のパソコンを覗く。
 「優。」
三國の呼びかけに優は振り返らずにうなずく。
三國はもう一台のパソコンを立ち上げる。優は詳細情報確認、三國は日本全土に張り巡らせた画像・映像スキャナーに移ったヤツの姿を確認する。
数分後、三國が驚きの声を上げる。
 「…おい!玲子!コイツは…!」
私は三國のパソコンを覗き込む。そう、驚くのも無理はなかった。そいつは私が数年前に消滅させた反逆異端者(アウトサイダー)だったのだから。












                     /4

その夜は、晴れていた。一点の曇りもない星と月の満ちる夜だった。誰もいない道を一人で歩く。目的もなく、ただふらふらと頭の中は一つの物で染まりきってしまっていた。
「恵雅」
その名前は不思議と呼びやすく、好きな響きだった。私はそんなことを考えながら夜に染まっていく。
パキッ。
頭上の木の枝が折れる音。何かが上から振ってくる。私は忌まわしきその能力を使うほかなかった。
 「…はぁ!」
手の平から私の親しみのある短剣が現れる。そして上空からの一撃をはじく。
 「異端者(アウトサイダー)崩れか」
弾いた後の攻撃態勢に入るまでの間に私は相手の状態、致命中枢を特定した。
 「ありがたく思うんだな。痛みを感じる間もなくで死ねるんだから。」
膝を落として飛び上がる。狙いは一ミリ単位でもずれてない。完璧だ。それでも奴は死ななかった。図体がでかくて致命中枢に刃が到達しなかった。
 「な」
一言言った時点で奴の腕の一振りが身体の真横から入ってきた。
グシャ

鈍い音だった。骨が砕けたのだろうか。私は身体の破損箇所を点検した。左腕の骨は完全に砕けていた。肩の辺りは複雑骨折確定だった。剣を右手に持ち替えて相手に飛び込む。
「ちっ、この『眼』を使うことになるとはな…」
私は右目の力を解放する。奴の傷に念じる。
 「…開け」
眼が紅く輝くと奴に加えた傷が広がる。私はこの剣の能力と眼の能力でこれまで戦ってきた。この能力が何かわからないままに。
奴は自らの傷で倒れた。時間帯的には大丈夫だったが、私は大量に返り血を浴びていた。母は朝帰りなので大丈夫。でもこの怪我をどう説明しよう? そう考えながら家に帰ろうとしたときだった。
 「向日葵」
私の頭の片隅に何時もいる奴の声だった。
 「…葛」
そういうと彼は近づいてきた。
 「恵雅、ってよんでくれるんじゃなかったの?」
 「それはお前が望んだことだ。オレには関係ない。」


恵雅は珍しく口を吊り上げてニタリと不気味に笑う。
 「でも、向日葵は屋上で僕を名前で呼んでくれた。」
私はフンとそっぽを向いて拗ねたように言う。
 「あんときゃそういう気分だったんだ。」
恵雅はふぅ、と短いため息をつくと残骸を蹴転がす。
 「随分と派手にやったな。」
 「…驚かないんだな。」
私が静かに問うと、恵雅も静かに答えた。
 「僕は堕天使(ゴージュマン)だ。驚かないよ。」
そういうと私の肩に触ろうとする。私はその手をよけた。
 「オレにさわるな。」
恵雅は無表情に言う。
 「怪我してるんだろ。そんな返り血大量に浴びて。」
恵雅は今度は私の認識が追いついていた頃にはすでに肩に触れていた。激痛が走る。
 「うっ…」
 「ほら」
そういうと恵雅は私の肩に触れて一言つぶやく。
 「碧眼(サイズ)!」
そういうと彼の左目が青く輝く。私の眼の能力と似ている。でも私の能力は敵の傷を広げるもの。これは…。そう思っていると、彼の眼に映る私の左肩から手の先までのぐにゃぐにゃに曲がった腕が回復していく。
 「これは…?」
私が訪ねると、恵雅は何時もの笑顔で答えた。
 「僕の才(サイ)だよ。君は業(サイ)の紅眼(レイズ)と剣現(ソード)の使い手なんだね。」
私はその言葉の意味が解らなかった。能力の使い方も、知識も自分で考えたものだったから。
 「サイ?なんだそれは」
恵雅は意外そうな顔をして少し微笑んでいった。
 「うーん。君、異端者(アウトサイダー)の知識はないの?」
 「ああ、全部自分で考えて、自分でやってる。知識は教えてくれる人がいなかったからな。」
恵雅は頭をぽりぽりと掻きながら、少し顎に手をやった。
 その後もたいした進展はなく、次の日を迎えた。
 「おはよう。今日も早いね」
ソイツはまた性懲りもなく私の前へと現れた。
 「懲りんな。俺はずっとお前を半分無視してきたのに。」
私はため息をつきながら呆れてみせた。それでも恵雅は気分一つ変えず私の横にいる。
作品名:Disillusion 作家名:紅蓮