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Disillusion

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 「よし、決めた。お前が私と勝負するのはそれだ。」
遠藤さんはナイフを指差してそういった。僕はナイフを地面から引き抜いて月にかざして眺めた。
 

「そのナイフに、私が後一週間後にやらなきゃいけない言葉を込めた。その言葉を含めてお前なりに詠唱を考えて唱えてみ
ろ。お前がその言葉を当てられたらそのナイフを私に返してくれ。それで名前を教える。もし当てられなかったらそのナイフは貰ってくれ」
そう、その言葉を聞いてから一週間、勉強も放り出してずっと考えていた。学校で勝負することがなくなってからは静かに窓の外を眺めているだけの彼女を眺めながら。そして毎晩彼女の家に行き、唱えてみせた。でもまだあたってない。そして今日がその一週間。でもその前に彼女は気になることを言っていた。
「(音もなく、ここから飛んでゆけ! Jump ! )」
光を放つ円陣が描かれていく。
「(やった!)」
シュン…。
しかし数秒でそれは音とともに消えた。僕はため息をついて遠藤さんに手を振って帰ろうとした。そのとき彼女は少し呼び止めて僕にこういった。
「もし、私を殺さなきゃいけないときがきたら、躊躇するな。それがお前の死につながる。」
唐突なアドバイスだった。僕は疲れてそんな大事な言葉を聞き流していた。
「…なあ、オレはお前にいったよな。俺を殺すときは躊躇するな、と。」
僕が名残惜しげにここを立ち去ろうとしたときに彼女はまた僕を同じように引き止めた。
「?…うん。」
彼女は窓から足を出して座っていた。そこからまるで数センチ下の地面に降りるかのように飛び降りた。僕はその事に驚いたのではなく、彼女の着地体勢が、まるで餌に近づく虎のような腰を落とした体勢だった。僕はあの時感じた悪寒を思い出した。彼女は今度は本気で僕を殺そうとしている。
『躊躇するな。それがお前の死につながる。』
その時の彼女のすごく寂しそうな顔を思い出した。彼女はこの結末を知っていたんだ。
 「…もう、オレは限界みたいだ。あ…とは…頼…む」
そういうと、彼女の周りの木に止まっていたカラスが、一斉に飛び立った。彼女の雰囲気が変わっていた。目は虚ろで、口元は少し開いてるだけ。まるで魂がない。彼女は何故僕にこのナイフを渡してくれたのだろうか。こうなる自分を殺してほしかったのだろうか。そのとき僕が一番色濃く感じたのは悲しみが混じった憎しみだった。彼女がだんだんこうなっていく事に気づいてあげられなかった自分への怒り。そして、こうなってしまった彼女への嘆き。その二つが僕を突き動かした。握ったナイフを逆さに取り、強く歯を噛み締め、彼女に走った。彼女は僕の一振りをかわし、顔を横から蹴飛ばした。
 「…つっ…。」
  少しめまいがしたけど、それ以上に涙で前が見えなかった。景色が歪んで、正しく見えない。ありったけの声を張り上げ、彼女にナイフを突き立てた。
 「うあああああああああああああああ!」
彼女の胸の中心にナイフが突き刺さった。気づくと涙は枯れ、彼女に跨ってナイフから手を離していた。僕は頭が真っ白になっ


て何もわからなくなった。ふと彼女の顔を見ると笑っていた。僕を見て。
 「お…い。最…に…れに…勝…てて………よかっ…たな……つづ…ら…。」
そしてあの時見せてくれた心の底からの笑みを魅せて彼女は眼から輝きを失った。安らかな顔をしたまま。そのとき僕の頭に強く浮かんだ理解。

「僕が殺した」
声が出なかった。ただ、ぽっかりと穴が開いた。彼女はたった数週間で僕の心を奪って、この真実(こたえ)を自分で手繰り寄せた。。自分を壊してくれる人が、自分に近づいて、自分を殺すのを。ソレが全部解ったとき、僕は死のうとおもった。彼女からナイフを引き抜き、自分の胸に向けた。その時、背後から声がした。
 「おい、お前。」
二十代前半くらいの若い女性だった。この人は、こ(,)う(,)い(,)う(,)こ(,)と(,)に免疫がある人だとすぐわかった。
 「今死ぬな。今死ねば、お前はそいつを殺した現実から逃げることになる。」
解っている。解ってはいる。でも僕はどうしたらいいか解らなかった。自分じゃ考えきれないくらい気が動転していた。
 「どうすれば…いいですか…。僕は…。」
僕はそんな風に彼女に問いかけていた。遠藤さんの返り血で顔を濡らしていた人形みたいな僕はさぞ不気味だっただろう。
 彼女は答えずに別の話をしだした。
 「…彼女は壊狂者(ブラックアウトサイダー)。きっと彼女はもう限界だった。でも、最後に自分を壊してくれる人を探していたのね。彼女のようなパターンは稀よ。よほど自分の想い入れのある人に壊してほしかったのね。」
彼女はそれだけ言うと、いつの間にか手から滑り落ちていたナイフを拾うと、遠藤さんの死体に手を当てて何かを呟きだした。僕は頭が麻痺していたのか、何も聞こえなかった。ただ、彼女の最後の笑顔がまだ生々しく眼に残っていた。彼女が何かを唱え終わると、彼女の死体が静かに薄れて、消えていった。
「貴方も異端側(コチラ)を知ってしまった。あなたはもう異常(アウト)してるのよ。貴方の位置(そんざい)は…稀ね、堕天使(ゴージュマン)よ。」
彼女はそういって立ち上がると僕にいった。
 「自らの罪と、憎しみを感じて、認めなさい。」
僕は静かに頷いた。

僕は彼女から僕に関連のあることだけ教えてもらった。
 「なんで他の事は教えてくれないんですか。」
僕が尋ねるとその人はクスッと笑って我侭を言う子供を一蹴するようにいった。
 「意地悪だからよ」






―三年後―

「(今日から僕も高二か…。)」
  嬉しいやら悲しいやら。ため息をつくと僕は去年までしていたように用意した。クローゼットに入っているクリーニングした制服を取り出し、ベッドに広げて暫し眺めてみる。生徒手帳を胸ポケットに収めると、「儀式」を始める。
 「君と最後にした答え合わせ。想像もつかなかったな。」
 彼女の遺したナイフに語りかける。そして僕がたどり着いた答えは、
 「(壮麗たる天の風、その心を今壊さん…! Disillusion! )」

短剣は静かに微笑み、柔らかい円陣を描き始めた。その時頭に浮かんだのは同じ言葉の違う言葉。

―業(サイ)と才(サイ)。業(サイ)は罪と業から抜け落ちる。才(サイ)は憎しみと希望から溢れ出す。二つは同じだけれど同じじゃない。限りなく遠いけれど、限りなく近い。―
 彼女が何故壊狂者(ブラックアウトサイダー)になったのかはわからない。でも彼女は壊れていく自分をどうにかしようとしていた。そう、どうすれば自分が壊れないか、その理さえ解っていれば…。いや、自分で理解しないと結局は同じ結末か。彼女は何らかの理由でその罪を背負った。そして世界の躯(カラダ)につくはずの傷を、歪みを詰め込まれた彼女は自分自身と歪みに飲み込まれた。そして壊れてしまった。いや、壊したのは僕か。情けないことにまだ僕はそのことを引きずっていた。
 「…出る。」
そういうと昨日成人式を終えたばかりの、髪がまだ整った状態の姉が見送ってくれた。
 「まあしっかりやっといでー。」
月並みな言葉を投げつける姉に手をふり、坂を下っていく。
作品名:Disillusion 作家名:紅蓮