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Disillusion

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気づくと私はこう問いかけていた。自分でもなんでこんなことを言ったのか解らなかった。この少年に、私は惹かれるのを感じていた。自分から人に関心を持ったのは初めてだった。だが…否、だからこそ、その時の私は自分がこの人に関心を持っている事が分からなかった。それを知る術も、意欲も私は持ち合わせていない。
 「僕?僕は葛(つづら)。葛 恵雅(えみや)。」





  初めての帰路は独りで歩くつもりだった。横には 葛 恵雅 という物好きな人間。こんな私に話しかけてくる人間はもうさすがにいないと思った。同学年の連中も、先輩も。とくにクラスメイトは有り得ないと踏んでいた。私の読みが外れるなんて、という意味ではなく、それのあまりに緊張のない柔らかい笑顔。私にこんな顔を向けてくる人間なんて、この世のどこ探してもいないと思った。それは特に何も喋らず、ただ私の横にいて、私に傘をさす。家まで送る気だろう。
「葛、だったな。人鋳型って知ってるか?」
  そう、結局期待したところで今までと同じ、ただの人間。それなら試してやる。
「人鋳型?」
「ああ。子供は鋳型なんだ。特に生まれたての赤子は。人間は製鉄する際に使う鋳型のように冷たい。そこに親の持ってる鉄を流すんだ。だから同じ物しかできない。個性というのは、その過程でかけてしまった部分や、前回、つまり一世代(いっこ)前の、まあ親だな。それより巧く出来た部分なんだ。わかるだろ?枝葉が変わっても木の本質は変わらない。そんで今の世代が穢れている。何故か。簡単だ、前の世代が穢れているからだ。世界の御人好し共は同じ人間はいないとかいってやがるが、それは身体面(からだ)の話だ。魂って水を世代ごとに次の器に移し替えてるだけなんだよ。そして、世代が変わるごとにその水は少しずつ零れたり蒸発して、だんだん良い所も魂自体も消えていく。霧のようにな。オレは色々あってそれに気づいてな。だからオレは認めない。こんな世界も、そんな人間も。だからオレは…。」
そこまで言ってはっとした。つい話しすぎてしまった。きっと私はバツの悪い顔をしていたんだろう。葛の顔を見れなかった。だが、どんな顔をしているかすぐわかった。少しくすくす笑っているのだ。 ちっ、と毒づくときっと恥ずかしいからだろう。顔が火照っ
てるのに気づいた。


 「燈条さんって面白いね。意外と話し出すと止まらないタイプなんだ」
でもなぜだが葛の微笑みは悪意のあるものには感じられなかった。でも私はそれさえ解らなかった。肌で感じたことに従うしか出来なかった。私は小さい頃から同じ年頃の人間とこんな風に喋ることはなかった。
 「燈条さん、僕もそう思う。」
葛の顔は何時の間にか引き締まっていた。
 「だけの君はその輪廻(わ)からは切り断たれてるんだろう?僕も同じ(,,)だ。」
その時、もし私が何時もの私だったら、その言葉の意味を正確に捉えられていただろう。感情という物が私の中に入り込んで、私は跳ね返す対応に追われていた。
 「ここら辺でいい。」
私はまだ火照る顔を隠しながらいった。
「そっか。じゃあ傘は貸しとく。」
そいつは自分から傘を引き離して私の手に握らせた。
「いらない。」
私は単純に要らなかったからそういった。…が、
 「まあそう気を遣わないで。」
そいつは私が気を遣ったと思っている。しかしまあ、それでも支障はないため流すことにした。
 「それに、返してもらうときに、また帰れるだろ?」
そういい残すと、私の前から既に忽然と姿を消していた。
  本当に、物好きなやつだ。そう思って空を見ると、雲の隙間から夕日が出ていた。まだ雨は降っているのに。不気味なほど紅く、まるで血のようだった。私は、試す目的で喋ったことも忘れて、いつものように過ごした。

ピーピーピー。
耳障りな電子音が私の部屋に反響する。静か過ぎる私の部屋では、何気ないそんな目覚まし音さえ不気味に聞こえた。登校初日だったから疲れたのだろうか。何時もより遅かった。支度をし終わり、ご飯を作ったときには午前七時二十五分になっていた。何時もより荒く扉を閉めると、アパートの階段を駆け下りる。驚いて足を滑らせそうになった。
「おはよう。」
葛。葛 恵雅…。私はこれ以上心を乱されないように心を閉ざそう、そう思った。コイツは私の心をかき乱す、そんな気がしたから。恵雅を無視して行こうとした。するとまた気配もなく横にいる。私はまた事務的な口調で感謝にあたる言葉で傘を返した。
 「傘、昨日はありがと」
必死に振り払っても、コイツは何時も側にいる。たった一日、いや帰路だけだからもっと短い。そんな僅かな時間で私はコイツにそんな認識を抱いていた。葛は傘を受け取ると私の言葉に笑顔で返事をした。
  ガラッ。
  

教室に入ろうとした瞬間だった。上から僅かにチョークの粉が振ってくる。直感で感じた。嫌がらせの黒板消し。そろそろ嫌がらせが始まる頃だった。薄れていた意識がいっぺんに蘇る。私は葛のせいにしておいて黒板消しがせめて頭に当たらないように手で覆おうとした。間に合わないとわかっていたはずなのに。今までの私なら、無駄だとわかっていることはやらなかっただろう。私は葛に惹かれることで今までの私が少しずつ歪んできているのか? 刹那、そんなことを考えていた。もう当たる。だが黒板消しは私の頭には当たらなかった。ほんの数センチでとまっている。私は前を向いていたが、私の頭の上のチョークの粉を払い除ける手の感触がした瞬間理解した。葛が止めたんだ。音もなく。
 「やれやれ。定番過ぎて面白みがないな?」
葛はまるで別人の様な凄みのある口調で威圧するように言った。振り向くと葛の眼は鋭く尖った視線を仕掛けた女子に向け、口は想像できないほどに歪めていた。ガリ、ガリと歯軋りの音が聞こえる。私は始めて恐怖を覚えた。
  その日の間は驚くほど嫌がらせがなかった。そして昼休み。こんな寒空に購買で買ったパンなんか食べる人間はいないと思い、屋上に向かった。
私はここ二日、何度驚かされただろう。葛 恵雅。ソイツは私が屋上に行くことがわかってたかのように屋上でフェンスに凭れていた。
 「遅かったね。」
 さっきの口調は塵の様に消えていた。また本来の優しい口調になっていた。
 「お前、何故オレを付回す。誰かの差し金か…!」
  葛はため息をつく。
 「せっかく待ってたんだからもっと嬉しそうにしてよね。」
 「そんな感情…疾うの昔に忘れた」
  私の言葉を聞き流し、葛は私の横に座った。そしてようやく昨日の言葉の意味が判った。
 「お前…。」
葛は優しい笑みを向ける。いや、そんなはずはない。こんなへらへら笑ってる奴が…。私は煩悩を振り払い、葛から二メートル程離れた位置でパンを齧る。葛は静かに私の横に座った。
 「燈条さん」
  次の言葉が耳に届く前に私が遮る。
 「ソレ。」
 「ん?」
 「オレを苗字で呼ぶな。」
  苗字は自分だと感じない。私の元の名前は相原なんだから。
 「じゃあ向日葵さん。」
  私は思いっきり葛を睨んでやった。
 「やめろうざったい。向日葵でいい。」
  私はそうはき捨てるとパンに向き直る。
 「じゃあ、僕の事も名前で呼んでほしいな。」
  
作品名:Disillusion 作家名:紅蓮