Disillusion
僕は向日葵を壊した。その罪を孤独で購う。
そこまで考えてふと気がついた。これが想像の空間ならば、切り開いて外に出れば、まだ間に合うのかもしれない。この罪は、自分を苦しめることで解決させるより、向日葵を取り戻せばいいのじゃないか?そう、そうだ。急がないと。起きないといけない。僕は、僕の罪と、向日葵のために。そして、すべてが終わって、向日葵から離れるべきだ。僕は、強い彼女が好きなのだから。
さぁ、起きて行こう。また。そして今度はもっと深い孤独へ。その至る道で、誰かを助けるための自分への約束。
「ごふっ」
そんな音で目が覚めた。自分の口から大量の何かが吐き出される。鼻につく匂い。それは唾液ではなく、胃液だった。意識が薄れていくときに喉元で逆流してきた唾液は既に口から出ていた。
「向、日葵…。」
喉の調子を確認しながらもそりと上半身を起こす。夢から覚めたかのような緩やかさで死から舞い戻った。その事実よりも僕は先に向日葵を探した。もし、向日葵がいたなら、僕を仕留めにきただろうに。そんなことにも暫く気づけず、行く手もわからぬまま、ただ感じるままに歩き出した。幸い、血痕があった。ソレを辿っていこう。
「彼は、間に合うか」
三國が問いかけてくる。
「どうだろうな。間に合わなかったらこの世が終わるだけだ。」
私はそう答えた。
「彼女には期待していないみたいだね。」
「運命だったんだ、ああなるのは。」
私は一番嫌いな言い回しでしか答えられない。恵雅が間に合わなければ、いずれ綾川は気づく。そして向日葵を仕留めに行くだろう。もともと、魂が宿っている身体であれば問題ない。その身体自体が死んでいても。それでも向日葵を生かしたのは、奴なりの思いやりだろう。そんな思いやりは迷惑にしかならんのだがね。
「俺が行かなくてもいいのか」
「お前が言ってどうなるよ。奴に干渉できるのはあの二人だけだ。姿を消された時点でお前は死ぬ。」
三國はソレを笑い飛ばした。
「俺なら気配と感覚だけで斬れるぞ」
私はソレを笑い飛ばした。
「くっくっ…。馬鹿め、奴は姿を周りに同化させてるんじゃない。存在そのものを消しているんだ。」
三國はそれに顔を引き締めた。
「どういう意味だ。そんなことしたら動くことすら出来ないだろう」
「奴は『セカイ』の空間から自分を遮断してるわけじゃない。『セカイ』から若干ずれた位置に立っているだけだ。平行世界論だよ。平行世界ってのは空間同士が密接して存在している。あいつはそんな密閉された空間に自分を圧縮して立ってるんだ。だからどちらの世界にも見えない。」
私は短くなったタバコを灰皿に擦りつけた。そしてもう一本取り出し、火を灯して口にくわえる。
「向日葵と恵雅が視認出来るのは何故だ」
「特にあれは、向日葵の領分だ。向日葵は自身の持つ特殊な感情で能力や性格が変化する。そしてソレは関わる人間をも巻き込んで作動する。向日葵はそれで不幸になったもの“だけ”を見てきた。自身が及ぼす能力を無意識に感じ取って、自分を異常者だと決め付けて、そして精神までも異常だという錯覚を持った。そして、ほんの少し前に落ち着いた。自分は異常者で、誰かといっしょにいたいなんて、幸せに生きたいだなんて、願ってはいけないと。定着させた場所が能力の低い場所だったから、見えなかったんだろうな。そうしてあの馬鹿は自身の能力を封じた。自分の心と一緒に。ほんと、馬鹿な奴だ。感情を識別もコントロールできない子供だから、悪意=殺意なんて馬鹿げた方程式を自分の中に打ち込んじまって。悪意なんて誰だって持っているものだ。ソレを持ってない奴こそ異常者なのに。悪意を殺意を勘違いしている向日葵を、無意識に恵雅は目覚めさせようとした。否、約半分は覚醒してるな。向日葵は、もう既に見える。ただ、自分の心を思い出さなければ、結局のところ意味はない。だから、恵雅が必要なんだ。あいつがいれば、自分も人なのだ、誰かと関わりをもって好意を抱いてもいいんだと理解できる。」
長話をしてしまったな、そういって私は少し眠りについた。決戦まで、まだ時間はある。
「存在しない者、か。幻界(あっち)に墜ちればああなるのも頷けるな。」
「存在しないのに動くんだね。たとえるなら…空蝉の時雨ってところか」
「お前、そんな詩的な奴だったか」
「む、そういわれればそうだね」
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向日葵に追いつくことはきっと出来ない。だから恵雅は、追い越して待つことにした。向日葵を追うより、綾川を追ったほうが早いことに気がついた。恵雅は、わずかな感覚に頼り、綾川の元へ急いだ。
「ほう。独りで来るとは。いや、私が行ったときには君はもう倒れていただろう。どうしてまた独りで。」
綾川はからかうように、侮辱するように聞いた。恵雅は、それに皮肉気味に答えた。
「孤独は僕の性分でね」
綾川はそうか、とだけ言って構える。
「さぁ、来たまえ。私が相手をしてやるんだ。少しは楽しませてくれよ。」
「そんな悪役の常套句を聞くためにきたんじゃないよ。あんただけは、殺してやる(、、、、、)」
恵雅は狂ってない純粋な、初めての殺意をこの敵に向けた。
「上等抜かせ、坊主」
まるで弓矢のようなポーズを取り、僕を射る。わずかに見える形のない矢が飛んでくる。手弓(アーチ)だ。よけて、体勢を低くして飛び込んだ。恵雅は、せっかくだし向日葵のナイフを使うことにした。
「穿招刃(グラディウス)」
小さく唱え、ナイフに集中させる。大気が鋭くなり、その剣尖を奴に突き立てる。
「ぬっ」
わずかに驚きを上げ、奴の皮膚に届く。
「刻まれろ」
言葉通り、奴の服ごと皮膚に斬撃が走る。
「おのれ。だまっていれば!」
綾川は、容赦をしなくなった。かなり大規模な攻撃が来ることは予想できた。
「消え去れ。」
奴は手を前に突き出し、放った。
「閃光雷衝弾(サンダーノーブル)」
段階水準(レベル)3の、とんでもない電撃を。よける場所はない。僕は致命傷を覚悟で電撃に飛び込む。
状況は絶望的だった。大量の電気で既に皮膚が焼け焦げ、感電死もいいところだった。
「潔く死んでおけ。」
くる。僕はまた立ち上がる。
「ぬ…生身の人間があれだけの放電に耐えられるはずがない…。化け物め」
「どっちが」
僕は、突っ込む。また死に向かう。彼のお得意なのは電気。判っていても防げやしない。ただ攻撃されるまま、突っ込んでは吹き飛ばされる。これで何度目かというときに、ついに恐れていた事態が起こった。
ゴチュ
背筋が凍るような音と共に、綾川の腕が僕の腹部を貫いた。
「ごふ」
致命打だった。心臓を貫いたわけではないが、いくつかの骨と臓器を完膚なきまでに破壊された。いずれ出血性のショックで死ぬだろう。
だから。
「くたばれ」
最期くらい、気高く死んでやる。綾川の身体にナイフを突き立てる。
「うぐっ…」
呻きはするものの、歯が短すぎた。だが、穿招刃(グラディウス)は健在だった。身体に痙攣が起こる。だが、ナイフを持つ手は緩めない。
「ごっ」
綾川の口から血が吹き出す。僕の顔、上半身にかかる。
「死…ね」
僕は、執念で押す。だが、結局ソレも意味は無かった。
作品名:Disillusion 作家名:紅蓮