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田中よしみ
田中よしみ
novelistID. 69379
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ウラバンナ(青春紀ー2)

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「この雪で電車も動かないそうよ。あなただって多摩川の寮に帰れないでしょう。ここでは話もできないから、取り敢えず部屋に移動しようか?」
二人は他人関係を装ってエレベーターホールに向かった。

 柊は部屋に入ってもコートを着たまま窓辺に佇んでいた。沈黙した背中は誰も寄せつけない孤高の厳しさがあった。
ライターを箱から出して、親指の腹で蓋を開閉していた。その度にダンヒルの上品な音が部屋の静寂を割いた。柊はその音に魅せられたように寄って来て、不慣れな手つきでライターを鳴らそうとした。
「それではいい音が出ません。ほら、こうして指先で軽く弾かないと」
柊の指の上から親指を添えて軽く弾くと渋い音が響いた。 
「あなたの手って温かい……。ダンヒルは渋い音ね、この漆のダークブラウンも素敵……」
私が煙草をくわえると、他人妻の柊がぎこちない手つきで火を点けてくれた。
「それガスが入っていたのですか……」
「ええ、デパートでガスを入れてもらっていたの。わたしタバコはしないけど、これを一度やってみたかったから……」
彼女は縦長い炎の向こうに温かい家庭のくつろぎをイメージしていたのであろうか……、柊はいつもの表情に戻ってライターの蓋を閉じた。


朝顔
「柊さん、先程から何か怒っていました?」
先ほど、彼女が窓辺に佇んでいた時の後ろ姿が無性に気になっていた。
「どうして? 急なお願いだったのに夕方から付き合ってくれたし……。それにこの雪だってあなたが降らせたわけでもないし、部屋だってホテルの手違いだから……。あなたを怒る理由なんて、どこにもないわ……」
柊の濡れたコートを後ろから脱がしてハンガーに掛けてやった。
イヴ・サンローランのダークブラウンの長めのスーツにカシミアの黒のハイネックセーターをコーデしていた。
彼女は大学卒業後もデパートの実業団で卓球一筋に打ち込んでおり、スポーツで絞り込んだ肉体が今の魅惑的なプロポーションを維持していた。170センチの長身に胸は程よく膨らみ、ヒップは上品にせり上がっていた。
短めのスカートからは黒いストッキングに包まれた美脚が伸びており、ハウスマヌカンならではのセンスが光っていた。

 私は背後から濡れた長髪をタオルで軽く押さえて水分を取り除いてから、柊の肩にそっと手を置いた。
「ありがとう、あなたに優しくされたのは確かこれで二度目……。盆踊りの夜に井戸水を汲んでくれたことがあったでしょう……。もう十年も前のことだから忘れたかな……、あの時は浴衣で下駄履きだったので助かったわ。こうして最後にあなたの優しさに触れることができてよかった……」
柊は窓ガラスに映った私に礼を言ったが、“最後”という言葉に彼女の強い決意が感じられた。
雪嵐によって同じ部屋で一夜を共にすることになり、お互いの胸の内を明かす最後の機会だった。だが、柊は私と決別するために会いに来たのであり、葉見ず花見ずの運命は変えようがなかった。
「あなたも朝顔を毎年咲かせていたのね、先ほど、女将の話を聴きながら、心のどこかであなたを責めていた自分が恥ずかしくなったわ……」
Nエンジニアリングの横浜工場に入社した当時の私は、エリートが支配する組織で押し潰されそうになり卑屈になっていた。そういう時に、大学で青春を謳歌している秋津柊に会いに行く気にはなれなかった。それからは朝顔だけが柊との思い出に浸る唯一の拠り所になっていた。


凍裂の連鎖
「十年前に柊さんの全てを受け入れて一生大事にすると言ったこと、今でも変わりはありません……。これで念願のデートも実現したことだし、俺の初恋は十分に報われました」
二人は躊躇いと誤解から人生行路の迷路に入り込んでおり、十年来の中途半端な関係に終止符を打とうとしていた。
「あんっ……」
彼がいきなり背部から抱き締めて、うなじに唇を這わしてきた。このまま彼の熱情に身を任せていれば、何かも奪われる予感がした。
「うっ……駄目っ……」
彼の火照りが首筋を這うたびに、柊の感覚は麻痺していった。彼は口づけを迫ってきたが、柊は辛うじて緋色の唇を固く閉ざしたまま化粧室に逃げ込んで行った。
 
 鏡の中の私はヘーゼルの瞳を潤ませて肩で荒い息をしていた。
彼が再会の約束を反故にした理由が出自以外のことだと分かり、私の心は凍裂が起きていた。それにしても、東京で待っていた時には逢えずに、横浜で人妻になった途端に再会したのは、曼殊沙華の葉見ず花見ずの宿命としか言いようがなかった。
この十年間、運命の糸が切れそうになりながらも二人の関係は奇跡的につながっていた。横浜での再会は青春の疼きを呼び覚ましてくれたが、人妻としては許されない背徳の揺らぎであった。
『今度こそ寄り道をしないで彼の元に行きなさい。君は身も心も穢れていないのだから、何も躊躇することはないよ』
先ほど、最後の別れをした時の吉川の送り言葉であった。
これまでは吉川の病気が進行したために頑なに離婚を迫ったのだと思っていた。だが離婚協議を機に、吉川から偽装結婚(シェルター)のカラクリを明かされたのである。
五年間、献身的に見守ってくれた吉川への恩を思えば、例え一夜限りとは言え矢納孝夫への情念に身を燃やすことにためらいがあった。その一方でこのまま九州に旅立てば、孝夫とも永遠の別れになることが分かっていた。
柊の中ではその迷い心を切り裂くような激しい凍裂が連鎖していたが、やがて秘かな希望を見出していた。
このドアを開ければ再び男の本能に身を晒すことも、もう逃げ場がないことも十分過ぎるほど分かっていた……。
柊は緋色のルージュを丁寧に引くと、化粧室のドアノブを静かに回した。


雪嵐の情念
 真っ暗闇の中を雪嵐が温かい部屋の窓を叩いていた。外はまるで北国のしばれのような猛威だった。
ヘーゼルの瞳に憂いを宿した柊の手を引き寄せて、胸に包み込むように抱き締めた。細い指は躊躇いがちに逞しい背中を掴んでいた。細い指の間に節くれだった指を交互に差し込むと、柊は息を吹き返したように握り返してきた。
絡めた手を壁に押し付けて緋色の唇を奪うと、柊は悩ましい喘ぎ声を洩らした。そして遠慮気味にワイシャツの胸に顔を埋めてきた。
柊をベッドに座らせてゆっくり押し倒した。この時に初めてカトレヤを自分の女として見下ろすことができた。
その拍子にジャケットが乱れて豊かな胸が揺れた。丘陵を手で覆うと、柊が虚ろな眼差しで訴えてきた。
「ね、怖いの……」
人妻である柊が、この期に及んで何を怖がっているのか、直ぐには理解できなかった。緋色の柔らかい唇を割って口内を犯しながら、セーターの裾をたくし上げた。ブラの上から二つの膨らみを揉み上げると、柊は観念したように両手で自分の目を覆って羞恥心をあらわにした。
「お願い、暗くして……」
常夜灯の中でも柊の白肌が妖し気に息づいているのが分かった。ブラを押し上げると、たわわな乳房が揺れたが直ぐに円錐形に復元した。
「あの盆以来ずっと柊さんを思い続けていました……。もう何が起きても誰にも柊さんを渡さない……」
ヘーゼルの瞳は私をしっかりと見つめていた。
「うれしい、わたしも上京してから、あなたをずっと待っていたの……。私もあなたから離れない……」