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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(34)~(40)

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家に帰ってみると、秋夫が家の隅でちっちゃくなって膝を抱え、向こうを向いていた。

秋夫は、大したいたずらっ子だ。だから俺は、また何かしくじってごまかしに黙っているつもりだろうと思って、秋夫の前に回り込んだ。

でも、秋夫の頬には、なんと、大きく腫れた痣があった。

「秋夫!こりゃどうしたんだ!」

俺は慌てて秋夫のちっちゃな肩を包み、都合の悪い時には決して口を開かない秋夫を、少し強く揺すった。

秋夫はやっぱり黙っていて、何も言わなかった。その間に、買い物に出ていたおかねが帰ってきたので、俺はおかねにも相談した。


「何さ、誰にやられたんだい?」

おかねは、秋夫の肩に手を掛けて振り向かせ、真ん前に正座をして、じっと秋夫の目を覗き込んでいた。秋夫は俯いている。

「誰それに殴られたなんて、隠しといても何の得にもなりゃあしないよ。それとも、お前さんからふっかけたのかい?」

俺は、おかねと秋夫が睨み合い始めた横っちょで、二人を交互に見つめていた。

そこで、初めて秋夫がこう言う。

「俺から始めちゃ、いけねえってのか」

秋夫は、まだ幼いながらも江戸弁を喋るようになってきた。指南所に通うようになって、年長の子供の言葉遣いを真似ているらしい。

俺も江戸の言葉遣いには慣れて、少々江戸弁のように聴こえる喋り方をするけど、生まれた時から神田に住んでいた秋夫には敵わない。

「初めから「いけない」なんて言わないけどね。訳を話しな」

「いやでぃ」

そこで、おかねは思い切り眉間に皺を寄せた。それでも秋夫は辛抱強く黙り込んでいる。これはもはや、おかねと秋夫の喧嘩になり掛けていた。

「二人とも、そんな睨み合ってねえで、秋夫も素直に話せば、俺達だって怒ったりしねえよ」

俺がそう言った時、なぜか秋夫は俺を見上げてぎろりと強く俺を睨み、大きく口を開けた。

「「めえの親父は江戸っ子じゃねえ」って、勝公が俺の握り飯ぃ、井戸に捨てやがったんでぃ!あいつが悪ぃに決まってらぁ!」

俺はその時、大きなショックを受けた。

“俺は黙っているしかないのに、それが秋夫を襲うなんて!”

おろおろしたまま、俺は正座をした膝に両手をもたせかけ、俯きかけた。でも、ここで逃げていたら秋夫がいじめられてしまうのだ。それなのに、俺には、言える言葉がなかなか見つからない。その時、おかねが大きく溜息を吐いた。

「そりゃあ確かに、勝ちゃんのしたことがまず悪かったかもね」

俺は思い出した。この辺りの子供が通ってくる「手習指南所」には、その中の子供をまとめて引っ張っている、「勝ちゃん」という子が居た。

秋夫は怒り顔のまま、おかねを睨み続けていた。次は自分が責められると分かっていたんだろう。おかねはこう続ける。

「でもね、握り飯なんざまた作りゃいいんだ。それをなんだい、友だちと喧嘩なんかして」

「あんな奴友だちなんかじゃねえ!」

「そうかい。でもな、明日謝りな。友だちじゃないなら、なおさら喧嘩なんかしちゃならないよ!」

「いやでぃ!あっちが謝ってこなけりゃ、俺ぁなんにも言わねぇ!」

俺は、ちっちゃな体で思い切り強がり、頬を腫らしたままで怒鳴る秋夫に、堪らずこう言った。

「なあ、秋夫、お父ちゃんも連れてってくれな。一緒に謝ってやるから…」

そうすると、俺はまた睨みつけられ、おかねも一緒に俺に突っかかってきた。

「お前さんは少し黙ってな!」

「お父ちゃんがそんなだから言われるんでぃ!勝ちゃんに会った時だって、「どうぞこの子をよろしくね」なんて、そんなことぉ言う江戸っ子いねぇ!」

「う、は、はい…」

結局その晩は、おかねが長い事掛かって秋夫を説得して、その翌日、秋夫は勝ちゃんに謝ったと言っていた。

そんな風に、秋夫の友だち付き合いはいつも不器用だったように思う。俺は、親としてそんな秋夫を、小さい頃から心配していた。