元禄浪漫紀行(34)~(40)
第三十八話 手習指南所
秋夫は、もう六つになった。
江戸には、「手習指南所」がある。「手跡指南所」とも言うけど、神田の町内、俺達の長屋に一番近かったのは、「手習指南所」だ。
「寺子屋?それは京での名前でしょうかね」
俺にそう言ったのは、銀蔵さんだった。俺がその場で「寺子屋」の名称の違いを調べようとしたって、インターネットも何も無い。銀蔵さんは更に、「読み書きを教えるのに、売り物を売るのと同じ“屋”が付くのはよろしくない、とのお武家の言い分だそうですよ」と言った。
「秋夫もそろそろ、指南所に行く時分だから」と言ったのは大家さんで、もちろんおかねはそれを心得ていたらしく、「謝礼はあたしが持つから、お前さんは心配しなくていいよ」と、彼女から言われた。
「えっ!?お前が!?いや、それは悪ぃ。俺が持つさ!」
「何言ってんだいお前さん。江戸の女はみんなそうするのさ。あたしには稼ぎがないわけじゃないんだ。心配要らないよ」
「そんなこと言ったって…」
その時にはそう押し切られてしまったけど、俺は後々になって大家さんからきちんと聞けた。それは、秋夫が指南所に通うようになって、三月ほど経った頃だった。
俺はその日、晦日の家賃を入れに大家さんの家を訪れ、大家さんから秋夫の様子を聞かれたので、「おかねが謝礼を支払っているんですが…」と切り出した。
「そりゃあそうさお前さん」
「えっ!?」
その後に大家さんが言ったのは、こんなような事だった。
江戸の亭主が稼ぐのは、おまんまの銭だけ。子供の指南所の謝礼はカミさんが用意して、カミさんの贅沢も、自分の払い。
俺の稼ぎはもう大分増えた。だから、二人を食わせていく位ならなんとかなる。でも、そこから先はおかねの「カカア」としての領分だ、と言うのだ。
確かにおかねは、自分の持ち物などはすべて彼女の稼ぎで買っていたけど、まさか、子供の教育費まで母親持ちだったなんて、俺は信じられなかった。女性の社会進出の進んだ現代でさえ、常識とはなり得ない。
俺はここでも、「カカア天下」の片鱗を見た。だって、それらをおカミさんが持てるなら、亭主なんか、それこそ機嫌次第で叩き出せる存在だろう。
「まあお前さんは心配しなくていい。おかねさんはしっかりしてるんだから。それより、いたずらっ子の秋夫が面倒を起こしたら、よく言って聞かせておやり」
大家さんから驚かされたたまま、俺は家に帰った。でも、家に帰ってから、また驚く事になる。
作品名:元禄浪漫紀行(34)~(40) 作家名:桐生甘太郎