ウラバンナ(青春紀ー1)
私は二学期が始まってからも、自転車で秋津家の前を迂回して池澤捷一の家に遊びに行った。秋津家は大きな門構えの奥に豪奢な母屋が建っていたが、私がその門をくぐることはなかった。
父親が翌年の正月明けに亡くなり大学進学を断念した。これで柊と目指す方向が乖離したこともあり、駅前で見かけても目を合わすことを避けていた。
池澤捷一の話によれば、秋津柊は翌年の春に予定通り東京の女子大に進学したそうだが、彼女を見送ることもなく高校生活は虚しく過ぎていった……。
父の病気の懸念もあったので、就職を考慮して商業高校に進学していた。
三年になると、直ぐに大手企業の求人案内が学校にあった。学校の方針は成績最上位の者がNエンジニアリングを受験することになっていた。進路指導に従って入社試験を受けて内定した。学校、両親も喜んでくれたが、私も大人の論理に従って卒業後の進路を決めていた。
寄らば大樹の陰という考え方の落とし穴に気付かされたのはそれから随分先のことだった。大企業への就職が秋津柊から遠ざかることになるとは思いもしなかった。
【高校時代に張りがあったのは特別な目標に邁進していたわけではなかった。高嶺にいるカトレヤを思い浮かべるだけで、幸せな気分に浸れたからである。
それが盆の間だけカトレヤが高嶺から舞い降りて来て、お試しとはいえ夢のような三日間を過ごすことができた。カトレヤは盆が過ぎると五木の子守歌のようにいなくなり、盆の出来事はアルバムの写真のようにセピア色に変わっていった。】
作品名:ウラバンナ(青春紀ー1) 作家名:田中よしみ