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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Shellshock

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 稲場は愛想笑いだけで応じた。カオリは墨岡の浮気を疑って、後をつけていた。取引先との面会場所まで尾行を許した墨岡も間抜けだが、相当な口止め料を渡して別れたというのは本当だろうか。龍野と墨岡を中心に、薄い煙のような輪ができているように感じる。姿形は分かるのに、本人達だという確信が持てないような。うんざりする。こちらの世界は、誰かが誰かを裏切って、突然連絡がつかなくなったり、死を覚悟するような冷や汗をかいたり。
「稲場幸一君」
 留美にフルネームで呼ばれて思わず背筋を伸ばした稲場は、命綱に救われたように頬を緩めた。
「考え事してた」
 留美は、目線を稲場の胸元へ向けた。出かける前の服装チェックで、留美はいつも稲場のシャツの前が留まっているか確認していた。服でかろうじて隠せる位置に入る刺青は消せないし、仕事上相応の『意味』があるということも分かっている。しかし、時折頭に浮かぶ未来の映像の中にいる稲場は、体のどこにも刺青がない。それは想像の中だけで許される姿で、こうやって刺青が覗く今の姿を見ていると、二人で思い描いているはずの未来の中に、自分だけが取り残されたように感じる。
「家の中で、イキってる?」
 留美の言葉に、稲場はシャツのボタンを留めて首を横に振った。
「いいえ」
「分かってくれるのね。話がはやーい」
 稲場は留美の言葉に肩をすくめると、今度こそリラックスしたように体をソファに預けた。
     

 深夜三時。龍野は、手が届かない目の奥から鼻にかけて異物が入り込んだように、顔をしかめていた。シルバーのチェイサーツアラーVは静かにアイドリングを続けており、全体的にべたついた感覚が体中から取れない。船着き場は静かで、粘り気のある波の音以外は何も聞こえない。雇われから自身が商社の顔となったのが、十年前。三十八歳で周りからは手遅れだと散々笑われたが、龍野自身が注目していたのは『小遣い稼ぎ』の部分だった。顔見知りが増えては減る、入れ替わりの激しい業界。
 岩村と再会してからは、諜報から破壊工作、最終的な手段としては殺しという新たな商材を使った仕事が始まり、手元に生活費と呼べる以上の金が転がりこむようになった。ただ、警察官としてのキャリアを自身の殺しによって失った岩村が、同じ手段に対してどうしてここまで心血を注ぐのかは、理解できないまま来た。そのやり方は、殺人という究極の手段の、カタログショッピングのような様式化だ。そして、実際にそうなっている。龍野は砂利を踏む音を耳に留めて、一度くしゃみをすると目の奥に現れた痛みを払いのけるように頭を振った。
 岩村は、自分が選び抜いた三人のことを、よく理解している。訓練でどうとでもなる強みではなく、どうにもならない弱みを。龍野はチェイサーから降りると、くたくたになったスーツのしわを伸ばしながら静かにドアを閉めた。岩村曰く、村岡と柏原の弱みは『使命感』で、佐藤の場合は『復讐心』。どれも、命を落とすきっかけとしては十分すぎる。今まで、金と物を動かす役割に徹してきた。関わっている人間の名前も顔も分かるが、深い接点は敢えて持っていない。なぜなら、何かが悪い方向に転がったときは、真っ先に足を抜く必要があるから。その考え方自体は間違っていない自信があるが、副作用が思わぬ形で表面化した。緊急避難的に足を抜く方法はいくらでも思いつくが、商売を続けながら手を切るのは難しい。こちらが『もう結構です』と宣言したところで、相手が同じように思うとは限らないのだ。その後命を狙われることだって、想定しておかなければならない。まさに灯台下暗し。そういうわけで、今まで自分が目を向けなかった組織の内情を、今はどうしても把握したい。できれば、誰にも知られることなく。龍野は、砂利の音が暗闇で止まったことに気づいて、目を細めた。コンテナで照明が鋭角に遮られて、その先は余計に真っ暗闇に見える。
「こんばんはー」
 龍野が言うと、呆れ返ったような表情で一人目が現れた。地名をお互いの呼び名として使う四人組の存在を知ったのは数か月前で、同業からの紹介だった。合法な連中ではないが、業界内では『外交官』と呼ばれ、契約通りに積荷を海賊から守り抜いたという。紛争地で物資運搬の警護をしていたのが先週で契約満了となり、そこへ滑り込む形で連絡を取った。姿を現したのはリーダー格で三十代半ば。松戸と呼ばれている。刈り上げ頭に機能だけを重視したような薄手の上着とカーゴパンツ。体格は背の高さに対してやや細いが、全身が力を漲らせているように見える。
「よろしくお願いします」
 松戸が最低限の礼儀を保つように小さく頭を下げ、残りの三人が影から現れた。龍野は同業から聞いた情報を目の前の実物と照らし合わせた。やや小柄で横に大きい男が大橋で、二人分の荷物を抱える縦にも横にも大きいのは別所。そして猫のようにとがった口元を持つ紅一点は八女。頭の中での照合が終わった龍野は、愛想笑いを浮かべながら鍵束を松戸に差し出した。
「どうもどうも。車の鍵ね」
「頂戴します」
 松戸がそれを丁寧な仕草で受け取ると、大橋が鞄からPDAを取り出して、差し出した。画面に視線を向けながら、松戸は言った。
「契約は三年間」
「楽だろ。隙を見せないか、見張っといてほしいだけなんだから」
 龍野が言うと、別所と八女が顔を見合わせた。大橋が気配を察知して一度振り返ると、前に向き直った。
「見張るということは、専任ですよね」
 言葉尻全てに『あいつからの紹介だから信じて来たのに、なんだこれは?』という言葉が続いているような、歯切れの悪い口調。龍野は自分の言葉が足らなかったことを自覚しながら、眉間にしわを寄せて小声で言った。
「いや、行き先とかさ。まずは立ち寄り先を把握したいんだ。三年あれば、動きは大体把握できるだろ。もし全員が揃うタイミングがあったら、そのときはすぐ教えてくれ」
「探偵の方が、上手くやるのではありませんか」
 八女が言った。化粧気のない青白い顔の中で、ぎょろりと見開かれた目。おそらく二十代半ばで、三十代の男連中に比べると相当若く見える。龍野は首を横に振った。
「気づかれたときに、探偵だと自分の身を守れない。だからあんたらを呼んだ」
 別所が力試しの機会を得たように眉をひょいと上げた。
「相手もベテランですか」
 龍野はうなずいた。連絡用の携帯電話を松戸に渡し、四人が用意されたランドクルーザーに乗り込むとき、八女が小声で呟いた『薬かな』という一言が耳に届いた。目の奥がずっと痛い。中に針金を一本通されているようだ。龍野はチェイサーの運転席に戻り、眉間を押さえながら目を閉じた。八女の指摘は正しい。麻薬が若干体を食い始めているのは確かだ。
作品名:Shellshock 作家名:オオサカタロウ