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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shellshock

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 岩村は笑った。青山は麻薬の売人だった。怪しまれることなくあちこちにするりと入り込む能力を見込んで引き込んだのは、墨岡。龍野とつながりが深い稲場の、小学校時代からの同級生。墨岡と稲場の間には、輪の外にいる人間の目には見えない繋がりがある。ひとつの組織として行動する以上、いつかその輪を崩さないと足を掬われるだろう。岩村は煙を吐き切ると、煙草を灰皿にねじ込んで消した。元警察関係に限らず、知り合いの知り合いの集合体が自分の居場所を見つけていく内に、ひとつの組織になった。龍野が海外と国内の接点、そして、実際に国内を走り回る『足』の役目をするのが、墨岡と稲場に、新入りの青山。買い出しから偵察まで、ありとあらゆるところに入り込んでもらう。
「あの、質問してもいいですか?」
「いっこ、賢くなったな。なんや?」
 青山の言葉に、岩村は笑った。青山はハンドルと手の間で膜を張る手汗に気を取られながら、言った。
「この集まりみたいなやつに、名前はないんですか?」
「ない。名前なんか決めても、ロクなことにならん。名前が一人歩きしたら、その名前を守るために命を張る奴が出てくる」
 岩村の口調には、実際にそれを体験したような苦々しい棘が含まれていた。青山はそれ以上質問したい喉の動きを抑え込んで、物流倉庫が立ち並ぶ港の道路にランティスを入れた。遠くでガントリークレーンが稼働していて、工場の稼働音が常に響いている。
「十二番まで行ってくれや」
 十番以降は照明柱の光が届いておらず、真っ暗だった。青山はヘッドライトの光でかきわけるようにランティスを進めながら、左右を見渡した。岩村が停まるよう手で指示を出して青山がブレーキを踏んだとき、十二番のシャッターが音を立てて開いた。中は薄暗く、最小限の電灯しか点いていない。ヘッドライトを消して中へ入った青山は、すぐにエンジンを止めた。岩村が助手席から降りるのと同時に後ろでシャッターが閉まり、青山は歩調を合わせるように運転席から降りた。シャッターを操作していた男が元の場所へ戻り、岩村はスーツ姿の三人に向かって雑に顎をしゃくった。
「左から、村岡、柏原、佐藤や。名前と顔を覚えろ」
「はい。よろしくお願いします」
 青山は言いながら、本当にそうしていいのかということを直感的に疑った。この三人がどういうことをして生計を立てているか、それは稲場からの話でそれとなく把握できている。記憶した方がまずいのではないか。そう思ったとき、シャッターのボタンから指に移った埃を気にしながら、村岡が目を向けた。
「よろしく」
 柏原と佐藤は口を開かなかったが、青山が小さく頭を下げると、佐藤が口角を上げて愛想笑いを返した。岩村はそれで紹介が済んだように小さく息をつくと、言った。
「こいつは、青山や。まあ、仲良うせえや」
「今日は、稲場さんいてないんですか?」
 佐藤が言い、岩村は困ったような表情を浮かべて笑った。
「なんやみんなして、稲場のことばっかり気にかけよんな」
 佐藤はコピーのように同じぐらいの明るさで笑顔を作った後、真顔に戻った。
「いつも、疲れた顔してるんで」

         
 稲場は、小学校時代を『稲カス』という仇名で過ごした。身長は伸びる気配がなく、四年生のときに身長順の整列で一番前になった。背丈に関わらず、その家庭環境の複雑さから、口を開くことすら『異例の行動』として、悪い意味で注目されていた。小学校時代を生き延びられたのは、遠野という名前の大柄な同級生が助けてくれたからで、二年前に同窓会で会ったときには『気づかなかったよ』と言って、その変貌ぶりに驚いていた。そもそも来るとすら思っていなかっただろう。栄養失調で細身、おまけに小柄で人と目を合わせることもできなかった姿からは、確かに変わったとは思う。今は、体も鍛えられているし、襟を大きく開ければ胸元から刺青が覗く。ただ、背丈だけは百六十九センチで打ち止めとなった。
 小学校時代に、遠野以外の味方がいなかったわけではない。引っ越して学区が変わったから同じ学校には通わなかったが、墨岡とは古い付き合いだ。お互いの学校のことを話すでもなく、廃材が積まれた空き地の一角にたむろしていた。墨岡は昔から独特な人間だった。こちらが予測している方向とは常に違う方へ向かう。幼少時代の空き地での流行りは、安っぽい音を鳴らす銀玉鉄砲での撃ち合い。当たっても痛みはほとんどなく、そもそも銃自体がピンク色で全く迫力はない。そんな銃で撃ち合いをしているときも、墨岡は予測もつかないところに隠れて待ち伏せし、中々倒すことができなかった。お互いが二十九歳になった今も、その予測のつかない性格は変わっていない。
「で、龍野さん曰く、海外に拠点を増やしたいみたいやな」
 墨岡は、バーの薄暗い明かりの中で存在感を保とうとするように、背筋を伸ばしながら言った。少し低い位置に肩を並べる稲場は、顔をしかめた。
「それは、龍野さんが言い出してるだけか?」
 できるだけ声を抑えたが、カウンターの反対側にバーテンはいない。墨岡がプライバシーを求めたときは、アーリータイムズのボトルを置いて裏へ籠るだけの機転を持っている。稲場が返事を待っていると、墨岡はアーリータイムズが満たされたロックグラスを煽り、うなずいた。
「それが全てやろ」
 あちこち火がついて国内では身動きがとりづらい。それは確かだ。しかし、そういう事情があるから自分たちに声がかかり、こうやって人並み以上の報酬を得て暮らすことができている。ただ、龍野の判断力については怪しいところがある。最近は特にその傾向が強い。
「そんなことになってんのに、青山を誘ったんか?」
 稲場が言うと、墨岡は笑った。
「そうなってるから、やろ。この話も、岩村さんには言うなって釘刺されたからな。俺らはいつでも足を抜けるようにしとかなあかん」
 計画の男、墨岡。大人になっても、予測もつかない場所に隠れるのはお手の物だ。稲場は呆れたように宙を仰ぐと、青山のやや抜けた外見を思い出していた。うまく立ち回れるようには思えない。しかしそれこそが墨岡の狙いで、青山が心配を誘う性格であればあるほどいいと思っているに違いない。あれこれ考える稲場の顔が深刻になっていく様子を見ていた墨岡は、不意に笑った。
「なんつってな」
 稲場はつられて笑い出した。墨岡はいつも、相手が乗ってくるのを見計らっている。会話全てがドッキリ企画のようなものだ。墨岡は稲場の顔を見ながらしばらく笑っていたが、頭の中で次に言うことの整理をようやくつけたように、続けた。
「そんな、スパイみたいな話があるかいな。単純に忙しすぎるから、もう一人お願いしますって頼んだだけ。俺らも自分の人生があるんやから」
 稲場はうなずいた。墨岡は饒舌に語るが、やっていることの裏というかその続きでは、確実にどこかで人が死んでいる。車のトランクをビニールシートで養生するのも、配線を触ってバックホーンが鳴らないようにするのも、全て意味がある。
「で、どこまでがカマしやねん?」
 稲場が訊くと、墨岡は細く整えられた眉を曲げた。
「何が?」
「海外に拠点がうんたら、言うてたやん」
作品名:Shellshock 作家名:オオサカタロウ