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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shellshock

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二〇二二年 四月 現在
  
 喉元までせり上がった血が呼気に混ざり、そのまま口元から吐き出された。折れた骨から背中にかけて広がる熱傷のような痛みに顔をしかめながら、青山は視界に広がる天井の景色を遮るようにうろつく人影に目を凝らせた。業界から足を洗って十数年経つが、自分がこういう方法で死ぬということは、頭のどこかで理解していた。それでも薄手のケブラーを着込んでいたのは、覚悟の中に、拳銃の弾ぐらいで死ぬつもりはないという浅ましい考えが残っていたから。弾は服を突き破ったが、ケブラー繊維に巻き取られて肺をぐるりと囲む肋骨の一本を折っただけだった。青山は、目線を合わせないように腕の力で壁に向かって這い始めた。意外だったのは、引き金を引かれる前に何も質問されなかったということ。挨拶を交わし、握手をしたときには全てが終わっていた。塞がっていない方の手にはオフィサーズかその亜種と思しき45口径が握られていて、その巨大な銃口がこちらをまっすぐ見上げていた。青山は壁に辿り着き、縋るようにもたれかかると体の力を抜いた。
「おい」
 かろうじて口をついて出たのは、短い呼びかけの言葉だけ。撃った本人はすでに姿を消していて、古民家の中を歩き回っているのが足音で分かった。四年前に二束三文で買い取った木造の一戸建て。終の棲家と冗談めかして考えていたら、今まさにその通りになろうとしている。四十七歳まで生きられた奇跡を喜ぶか、明日を見られないという未練を頭に捻り出すか。棚を開ける音が聞こえて、青山は声を張るために息を吸い込んだが、背骨に楔を打たれたような激痛が走り、顔をしかめた。何をするにも痛みを伴う。少しずつ溜めていた息を吐き出しながら、青山は言った。
「何を……、探してる?」
 足音が止まり、戻ってきた影の手先にまだ45口径が握られているのを見たとき、青山は思わず目を逸らせた。幸い、こちらを向いてはいないが、これだけの覚悟があってもなお、その銃口は直視できない気がする。
 若かったころ、頭ごなしによく言われた言葉そのままだ。
 余計な質問は、寿命を縮める。
     
   
二〇〇三年 五月 十九年前
  
「長生きしたかったら、質問はあんまりせんほうがええやろなあ」
 助手席から飛んできたのんびりとした口調の言葉に、運転席に座る青山はうなずいた。車体のあちこちに擦り傷が走るマツダランティスは紺色で目立たず、平たいナマズのような形をしたセダンだ。青山が緊張しながら運転する様子を眺めながら、岩村は煙草の煙を半分開いた窓の外へ吐き出した。深夜二時半、街灯が唯一の生命線のように光を繋ぐ真っ暗な国道は、車自体がほとんど通らず、がらんとしている。
「頭の中で先読みするんは勝手やけどな。それを口に出したら、そこまでは相手に知られてまうやろ。こっちは必死に生き延びようとしとんのに、吉と出るか凶と出るか、相手にそのボールを渡してまうんは、勿体ないわな」
 岩村は白髪交じりのオールバックの頭を後ろへ撫でつけると、四十八歳にしては鋭さを残す目で青山の方を向いた。視線に気づいた青山は、前を向いたまま言った。
「龍野さんは、自分で答えを見つけてから相手に聞けと言ってました」
 それを聞いた岩村は、苦笑いを浮かべた。龍野との付き合いは、一九八〇年まで遡る。機動隊員だった自分の軌道を強引にねじ曲げるきっかけになった、暴力団員の射殺事件。引き金を引く瞬間に、警察という組織での自分の役割は音を立てて終わったと、確信した。三発が胴体に数ミリ間隔で穴を空け、相手はその場に座り込んでしばらくの間『参ったな』とでも言うような悲しげな表情を浮かべていたが、糸が切れたように横向きに倒れ、やがて動かなくなった。頭にもう一発撃ち込もうとして、かろうじて手から力を抜いたことを、岩村は今でも鮮明に覚えていた。
「あいつは、何でも金に絡めて言いよるやろ」
 岩村の言葉に、青山は空気が揺れる程度に笑い、うなずいた。
「そうですね。商社やってはる感じがします」
「そうやな」
 岩村は笑った。件の暴力団員は、日本刀を振り回していた。こちらに残った傷は、左腕に走る二十七針分の裂傷と、首の真下に地味な痕を残す刺し傷。首の方は、あと二センチ逸れていたら動脈に当たっていた。入院中、個人的に感謝を告げに来た男がいて、それが龍野だった。暴力団員の男が死んだことで、商売を邪魔するものがいなくなったと言って、笑っていた。岩村と同い年で、当時は二十五歳。
『恩は忘れませんよ。警官が犯人を殺しちゃったら、出世は台無しでしょう。おれが助けられることなら何でも』
 龍野はそう言った。その口約束は浅い付き合いの中でも有効で、見舞いに来た日から十六年が経って初めて、岩村が警察を辞めたタイミングで効力を発揮した。そのとき、警察組織に幻滅した岩村の頭の中には、言葉を尽くす価値のない相手に時間を割く面倒さだけが実体験として残っていて、タイミングとしては完璧だった。暴力でしか解決できないことは、世の中に確実に存在する。そして、ほとんどの場合、その暴力には後始末が必要だ。手段はできるだけ素早く、容赦なく致命傷を負わせられる方がいい。体力のある人間は、難なく見つけられる。しかし、正しく暴力を行使できるようにするには、相応の訓練を潜り抜けなければならず、それを学ぶ手段は国内にはない。幸い、龍野は商社を経営していて、海外と日本の間で物と人の両方を動かすことができる。岩村が注目したのは物ではなく、人の部分だった。素質のある人間に海外で訓練を受けさせて、逆輸入できれば話は早い。龍野との間で段取りが決まったのは六年前の、一九九七年。
 一人目は、ヤクザの女に手を出したことで片腕に入れ墨を無理やり彫られた元自衛隊員の男で、元々素地はあったとは言え、海外で人の殺し方を数百通り教わって帰ってきたときは、別人のような目をしていた。今は三十一歳で、一員になってからは村岡と名乗っている。
 二人目は元麻薬取締官で、一九九九年に加わった。どちらかというと諜報に向いていて、自分が生き延びるということは頭に入っていない。そのことに気づいた岩村は、ほぼ選択肢を奪う形で強引に引き込んだ。訓練で散々おさらいする羽目になった銃の扱いだけでなく、柏原という呼び名も本人は気に入っていない。
 最後の一人は、二〇〇二年の暮れに入った。海外の組織犯罪グループで活動していた若い女で、龍野が現地の人間と話をつけた。訓練どころか、現地で何人も殺した経験を持つ『完成品』で、全ての能力が高い。名前は佐藤。
 全員それなりに腕を知られるのと同時に、あちこちで顔が売れて行き、身動きが少しずつ取れなくなってきている。
「今日は、稲場はどないしてんねん」
 岩村が言うと、青山は窓の外に返事するように目を逸らせたまま、呟いた。
「多分ですけど、墨岡とか、そっちの関係かと」
「さよか。忙しいやっちゃな」
作品名:Shellshock 作家名:オオサカタロウ