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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shellshock

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 八女がMP5SD6を一挺ずつガンケースから抜き出し、大橋と別所はそれぞれ受け取ると、続けて渡された予備の弾倉を上着のポケットに一本入れた。同型のイヤーピースを三人同時に片耳へはめ込み、無線のチェックを素早く終えたとき、青山の視線に気づいた八女は愛想笑いを返した。大橋が運転席から降り、それが合図になったように別所が助手席から降りると、続こうとする青山を手で止めた。
「お前は、車にいろ」
 青山がリュックサックに意識を向けたとき、八女が後部座席から降りてリアゲートを開け、墨岡を引きずるように車から下ろした。
「じゃー、水入らずを楽しんできて。これ、返すね」
 八女はベルトに挟んだコルトマグナムキャリーを抜くと、墨岡に手渡した。大橋と別所が死刑執行人のように墨岡が通れるだけの道を開けると、言った。
「お先にどうぞ」
 墨岡が上着のポケットにマグナムキャリーを隠して歩き出したのを確認してから、大橋と別所はその後ろをついていった。雑草に覆われた入口の中に三人が消えたとき、青山は八女の方を振り返り、開けられたリアゲート越しに言った。
「行かないんですか?」
「次は青山さんが入る番。私は最後」
       
     
 墨岡は、何度も来たことのある工場の通路を歩いた。やや古くなったコンクリートを踏む足音は静かで、大橋と別所は気配すら感じられないぐらいに静かだった。陸側から見れば地続きだが、海側から見れば二階にあたる。稲場がここを選んだのは、尋問に使われる場所だからだろう。一階へ続く階段の手前で止まると、墨岡は振り返った。大橋と別所の姿はすでになく、機械で入り組んだ側に影が一瞬だけ見えた。墨岡は階段から少し身を乗り出して、大橋と別所が移動した先から見える一階の吹き抜け部分に目を凝らせた。
 稲場が、ベルトコンベアに腰かけている。大橋と別所が移動した先は、そこをまっすぐ狙える位置。墨岡は、階段を早足で下り始めた。
     
  
 八女の耳元で微かに雑音が鳴り、青山は振り返った。八女は待ちくたびれたように伸びをすると、青山に言った。
「出番だよ。行っといで」
 青山が要領を得ないまま後部座席から降りて歩き出そうとすると、八女は早足で近寄って、青山の左手を掴むと関節の向きと反対方向にねじり上げた。
「丸腰でどこ行くの?」
 痛みで息が詰まった青山は、抵抗できずに呻きながらランドクルーザーに押し付けられた。
「なんですか……」
 八女は手を離すと、片手に持ったリュックサックをぶつけるように突き出した。
「なんで連れてきたと思ってるの? あんたが墨岡と稲場を殺すんだよ」
 青山はかろうじてリュックサックを受け取り、目を見開いた。
「どうやって?」
「とぼけるねー。そのリュックの中に、銃入ってるんでしょ? 逃げても構わないけど、残りの人生ずっと、びくびくしながらその銃と一緒に過ごすことになるよ」
 八女は久々に再会した友人と話すように早口で言うと、言葉を締めるように口角を上げて笑顔を作った。
「あんたらみたいな雑用係は、練習台にもならないから。行っといで」
 青山はうなずくと、八女から遠ざかるように小走りで工場の中へ入った。三組の足跡がうっすらと残っていたが、階段のすぐ手前でそれは一組に減っていた。青山はリュックサックからルガーを抜くと、一階を見下ろした。ベルトコンベアの前に座る稲場が、ゆっくりと腰を上げるのが見えた。階段に足を下ろすと、鉄板を踏みしめる音は嫌でも響く。どうすべきか迷っていると、いつの間にか真後ろに立った八女が、耳元で呟いた。
「ボーッとしないで」
  
   
 浄水工場の手前で路肩にチェイサーを停めると、龍野は運転席から降りて歩き始めた。少し離れたところに、マツダランティスが見える。朝やったことの繰り返し。運転席から降りた岩村が、ほとんど温度のない冬の日差しから顔を背けながら、顔をしかめた。龍野が目の前まで歩くと、岩村は表情を苦笑いに変えた。
「だだっ広いとこは眩しいてかなわん。いこか」
「はい」
 龍野は、岩村と並んで歩き始めた。八女からついさっき、持ち場についたと連絡があったばかり。それはつまり、製紙工場の中に稲場の姿を確認したということだ。浄水工場を囲む歩道を抜けて、工場が見えるすぐ手前まで来たとき、岩村は言った。
「それにしても、あっけないもんやね」
「最初に声かけてもらったの、あれってもう、十年ぐらい前ですか?」
 龍野が言うと、岩村は浅くうなずいた。
「十年か、そこらやな。今思い返したら青かったな。まあ、五十回った今も、そない変わらんか」
 龍野は、搬入口がある海側に目を向けた。陸側は真っ暗な通路を通ったり、色々と見通しが悪い。
「眩しいですけど、とりあえず降りますか?」
「そうやな」
 岩村が言い、二人は海に続く道を下り始めた。その上着が、片方のポケットを中心に不自然に引っ張られているのを見た龍野は、少なくとも丸腰ではないのだろうと想像し、置き去りにしていた相槌を拾い上げた。
「五十まで生きてるとか、当時は想像できませんでしたね」
「この仕事に関わっとるやつは、みんなそうやろうね」
 岩村はそう言うと、歯を見せて笑った。
    
   
 稲場は、右手を上着のポケットに突っ込んだまま歩いてくる墨岡に、言った。
「考えることは、一緒やな」
 墨岡は、稲場が両手を上着のポケットに突っ込んでいるのを見て、呆れたように笑った。
「そのまま、撃てるか?」
 稲場は首を傾げた。実際こうやって顔を合わせると、このままいつものバーへ飲みに行けるのではないかと思えるぐらいに、墨岡は何も変わっていない。おそらく、最初からずっとそうだったのだ。義理を感じさせない冗談めいた一言は、その口から何度も聞いた。その度に軽口だと思って聞き流していたが、実際にはそれも含めて、墨岡の一部だった。
「おれは、誰に復讐したらよかった?」
 稲場はそう言って、左手を抜いた。タウルスM85を地面に放り投げると、墨岡の顔色は少しだけ変化した。長年の付き合いだから、その表情の変化の意味は分かる。今、墨岡の予想から脱線した。
「こいつは、弾が出んように細工されてる。お前は知ってたんやな」
 墨岡は目を伏せたが、覚悟を決めたようにうなずいた。稲場は、まだポケットに突っ込んだままの右手に意識を集中させた。
     
     
 龍野は、海側の搬入口まで辿り着くと、レガシィB4が停められていることに気づいて、身を低くした。岩村は笑いながら、その背中を軽く叩いた。
「そない、びくびくせんでもええやろ」
 龍野がためらいがちに体を起こすと、岩村は車止めにもたれかかって、言った。
「ここに来ると、色々思い出すな。だいぶ前の話やが、どんな人間にも弱みがあるってことを話したん、覚えてるか?」
 龍野はうなずいた。弱みというよりは、命を落としかねない弱点の話だった。
「村岡と柏原は、元々体制側の人間だから、使命感が強すぎる。佐藤は復讐心が命取りになる。そう言ってましたね」
 岩村は、龍野の答えに満足したように笑った。
「よう、覚えてるな」
    
 
 稲場は、ついさっきまで頭の中でずっと繰り返してきたことを、墨岡に言った。
作品名:Shellshock 作家名:オオサカタロウ