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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shellshock

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 龍野は、日光に目を細めながら、逃げるように腕時計に視線を落とした。午前七時、太陽が徐々に姿を現して、いよいよ朝になりつつある。ゼブラゾーンに一時停車したマツダランティスがハザードを焚いているのを見て、その大雑把さに思わず笑った。朝飯の約束でもしているみたいな、呑気な態度。龍野が助手席のドアを開けて乗り込むと、ハンドルを握る岩村は言った。
「おはようさん。えらいことになったな」
 龍野はしかめ面を崩すことなくうなずいた。稲場の妻が手違いで死んだ。とんでもない間違いを犯した青山は放っておくわけにはいかず、墨岡とセットで外交官に子守をさせている。この状況を打開するためにできることはあまりないが、せめて関わっている全てのことに即席の蓋をするために、岩村には敢えてこちらから連絡を取った。問題は、肝心要の稲場がどこにいるのかが分からないことだ。
「稲場はどうしてるんです」
 龍野が言うと、岩村は首を横に振りながら携帯電話を取り出し、留守電メモを起動した。
『自分は消えます。お世話になりました』
 雑音交じりの、短い伝言。龍野はヘッドレストに頭を預けた。これは、あまりにも良くない状況だ。携帯電話をセンターコンソールに置いた岩村は言った。
「消えるて、えらい勝手な話やわな」
 龍野は、冴えつつある意識を全て、岩村の言葉に向けた。相変わらず、翻訳機が必要だ。こちらには、本音を明後日の方向に隠す技量はない。朝日に目を細めながら、龍野は相槌を打つように応じた。
「むしろ、保護するべきでは?」
「こっちから出向いてか? 警官がずらーっと並んで待ってたら、どないすんねん? あいつは家族を殺されたんや。何を誰に言いよるか、分からんぞ」
 岩村は言葉の続きを行動で示すように、ランティスをゆっくりと発進させた。
「お前、サッと出れるか?」
「国外ですか? いけますよ。岩村さんはどうするんです?」
 龍野が尋ねると、岩村は肩をすくめた。
「まあ、逃げなしゃあないやろね。店仕舞いに数時間かかるとして。稲場が警察に転がり込んで、対応した警官が腰を抜かして、動いて。今晩までここにおったら、手遅れかもしれんな」
 龍野は、うなずきだけで応じた。法の番人だったとは思えないぐらいに、あっさりとした態度。岩村は雑居ビルの地下駐車場に入ると、ヘッドライトを点けた。妨害電波に囲まれた、盗聴されづらい場所。誰にも聞かれたくないときに使う『拠点』の一つ。その言葉自体が、すでに懐かしく感じる。龍野は言った。
「青山と墨岡は……」
 岩村は苦笑いを浮かべると、首を横に振った。
「ほっとけ。こっちは、あいつらがいらんことを思いつく前に動かなあかん。いや、墨岡はあかんか」
「どうしてですか?」
「あいつは、稲場の昔っからの連れや」
 岩村は光が通らない柱の裏にランティスを停めると、ヘッドライトを消してサイドブレーキをかけた。しばらくまっすぐ前を見たまま黙っていたが、ようやく姿勢を正しながら呟いた。
「で、墨岡はどないしてんねん」
「呼びますか?」
 龍野が顔を向けると、岩村は宙に向かって浅くうなずいた。
「連絡がついたらな。稲場は、墨岡に黙って出て行くことはないやろ。おれらがこうやって会ってるみたいに、何らかのやり取りはあるやろうね」
 岩村と横並びで話すこれも、最後なのか。龍野は自分が始めたことだと頭で理解しながらも、その呆気なさに息を詰まらせた。お互いが自分の行動にあれこれ理由をつけて、責め立てるような場に立つことになるだろうと、勝手に想像していた。
 岩村は龍野の方を向いて、言った。
「龍野、お開きや。段取りを間違えたら、誰かが逃げ遅れる。まずは、墨岡を通じて稲場を捕まえろ」
 龍野はうなずいた。墨岡なら、稲場と話すことができるだろう。岩村の話す段取りの揚げ足を取るように、頭の中に自分の『段取り』が生まれつつあった。少し間を置いてから、岩村は続けた。
「こっからがややこしいが……、稲場が誰かに倉庫のことやら喋っとったら、悠長に撤収をしてる時間はない。この時点で解散や。おれらも含めて、今後は誰も顔を合わさん。もし誰にも喋ってなかったら、まだ救いはあるやろから万が一に備えて、総出で倉庫を片付ける。これでええか?」
 龍野は再びうなずいた。頭は冴え渡り、岩村の言葉が自由自在に変換されていた。壮大な店仕舞い。頭の中に浮かんだその言葉は、少しずつ具体的に形を変えていった。運転席に座る岩村との間に透明の壁があって、別々の世界に切り離されたようだ。
 外交官は、三人で青山と墨岡の両方を押さえている。松戸だけが自由が利く状態で、待機している状態だ。稲場を呼び出す方法は、いくらでもある。集合場所として拠点を使うなら、海沿いに建つ製紙工場の複雑に入り組んだ地形が、待ち伏せに最適だ。まずはそこで、岩村を稲場と話させる。稲場は岩村を前にして、『警察に喋りました』とは言わないだろう。面倒だが、その場に立ち会って、岩村が村岡ら三人に倉庫へ行くよう指示を出すところまで見届けないといけない。そこまでが確認できれば、もう止めるものはない。外交官なら、百通りのやり方で殺せるだろう。その後に起きる本物の『戦闘』のための練習台とも言える。村岡、柏原、佐藤の三人が倉庫に入ったことを確認するのは、松戸の役目になる。最後にそこへ外交官全員を集めて、綺麗さっぱり片付ける。
 しかし、本当にこれで最後とは。頭の中が再び混乱を始めた龍野は、運転席の方を向いた。岩村は、念押しするように言った。
「稲場と会う算段がついたら、言うてくれな。あいつには、悪いことをした」
     
     
 錠前だけが新しい屋根付きの駐車場は、トタンで覆われた簡素な造り。いつも数台の車が停まっていて、仲間内では単純に『金城』と呼ばれていた。先月、空気圧を確認したときに置いてあったのは、白のスプリンターGT、シャンパンゴールドのステップワゴン、そしてシルバーのレガシィB4。確か、ステップワゴンのリアタイヤに空気を足した。常に完璧な状態に保つのが仕事で、実際上手くやってきたと思う。でも、もう終わりだ。
 稲場は、錠前に鍵を差し込んで開くと、引き戸を開いた。自転車で一時間以上かかったが、電車に乗るなんてことは考えられなかった。今の自分の姿はタクシーの運転手にすら見られたくはない。留美の死で、時間を稼いでいるような姿は、誰にも。例えば、一旦家に戻って考えられる私物は全て詰め込んだリュックサックを背負っているとか。タウルスのファイアリングピンが削られていることを確認してもなお、脅すぐらいには使えるのではないかと思って、捨てる気にはなれなかった往生際の悪さも。どこかで終わりにするとか、そういう話ではない。自分が死ぬことでしか終わらないのだから、当然だ。金庫を開けて、鍵のラックを取り出した稲場は、レガシィB4の鍵を外した。何もまとまらないが、少なくとも車は必要だ。
作品名:Shellshock 作家名:オオサカタロウ