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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Shellshock

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 場違いな言葉が飛び出して、ふと気づいた。常に無理をさせてきたのは、自分だ。無理で当たり前だ。いつか明日を迎えられない日が来るなんて、自分が一番分かっていたはずなのだ。そして、片方だけがのうのうと朝を迎えるなんてことは、間違っている。上着を容赦なく引っ張り続けてきたタウルスをポケットから取り出すと、稲場は自分の頭に銃口を向けて引き金を引いた。
 ジッポライターの蓋を閉じたような、鋭い音が鳴った。
 白煙の焦げた匂いが鼻を刺し、まだ自分が生きていることを不思議に思った稲場は、瞬きを繰り返しながら右手に握られたタウルスを見下ろした。手が無意識にシリンダーを開き、実弾が装填されていることを確認した。引き金を引けば弾に痕が残るはずだが、それがない。職業病のようにシリンダーを閉じると、稲場は空に向けて再び引き金を引いた。ハンマーか、ファイアリングピンが削られている。
 墨岡は、青山がこの拳銃を用意したと言っていた。稲場は表情がほとんど消えうせた顔で、周囲を見回した。留美の死は、その意味を押し殺され、未明の山道で大破した一台のトヨタウィンダムになった。稲場は一歩引いて、全体を眺めた。リアバンパーに黒い塗料の痕があることに気づき、タイヤの痕を振り返った。後ろから押し出されたのだ。海外の警察がよく使うやり方。
 稲場は横倒しになった自転車まで戻ると、ポケットに手を突っ込んで携帯電話を探った。
    
   
 大橋から松戸に伝わった情報は、そのまま龍野に連携され、留美が命を落とした一時間後に、関わった全員分の文句が重なり合った状態で青山の携帯電話に届いた。
「お前、正気か?」
 青山は眉間を押さえた。龍野は、他人にそんなことを確認できるような人間ではない。
「確認不足です」
 本当のところは、ただ自分でやり抜く自信がなかった。それだけだ。龍野は小さくため息をつくと、再び口を開いた。
「どうやったら、こんな間違いが起きる? お前は、稲場と嫁さんの区別もつかねえのか」
 この会話が噛み合うことはないだろう。青山は眉間を押さえていた手を解放した。
「変な時間に車が出て行ったので、間違いないと思いました」
 永遠に噛み合わない、冷や汗の出るやり取り。青山は歯を食いしばった。龍野は、稲場が移動するのを見届けたのが、自分だと思っている。そう思っていればいいし、今更言い訳をする意味もない。ただ、結果に直接関わりたくなかった。これから起きる『人の死』全てに距離を置きたい。そう思ったからこそ、墨岡から『銃を持ってこい』と言われたときに、それを利用する以外ないと思いついたのだ。龍野には到底言えないことだが、もし話す機会があれば、手を叩いて喜びそうな話。断るのではなく、実際に拳銃を用意した。墨岡に渡すとき、まずその頭に向けて引き金を引いてやったのだ。ファイアリングピンに細工されたタウルスから弾が出ることは当然なく、墨岡は反射的に顔を背けて飛びのいたが、実際にはその場で死んだも同然だった。
 龍野が唸りながら一度咳ばらいをして、青山を現実に引き戻した。
「そこにいろ、迎えを寄越す」
「分かりました」
 青山は電話を切ると、携帯電話ごと現実を脇に追いやった。決め手になった言葉がどれかは分からないが、少なくとも墨岡はあの場で納得したのだ。
『これが種明かしです。誰が死ぬかはもう決まってるんです』
 そう言ったとき、墨岡は、死を約束されたのが稲場だということを悟った。
『それとも、外交官の練習台になりたいですか?』
 それで腹を括ったと思ったのに、蓋を開けてみればこれだ。これ以上ないぐらいに、簡単な作業のはずだった。稲場が外に出たら、連絡する。ただそれだけでよかったのだ。青山は、墨岡の携帯電話を鳴らし、通話が始まるなり言った。
「めちゃくちゃにしてくれましたね」
「暗くて、よく分からんかった」
 墨岡の声には表情がなく、ほとんど機械のように平坦だった。青山は、自分の声からも感情が抜けていくままに、呟いた。
「全員、道連れにする気ですか」
「どうなるやろうね。少なくとも俺とお前は、もうあかんやろな。稲場は、分からん」
 ただ、一刻も早い死刑執行を望んでいる。青山はその出来損ないの覚悟を笑い飛ばすと、言った。
「まだ分かりませんよ」
 青山は電話を切ると、そのまま姿を消せるように、上着の隠しポケットに身分証を差し込み、体から切り離せるリュックサックの方へルガーSP101を入れた。どのような形で吉と出るか、もしくは凶と出るのか、予測がつかない。自分が置かれた立場を考えると、いつでも抜ける位置に拳銃を携帯しているのは、どちらかというと心証が悪く、凶と出るかもしれない。青山はできるだけ小さくまとめたリュックサックを担ぎ、ジーンズにピーコートを羽織ってマンションから出た。待っていろと言われて、そのまま座っているほど間抜けではない。駐車場に降りたとき、ふっと空気が揺れて青山は振り返った。
「こっちこっち」
 前に向き直ったとき、暗がりから現れた八女が愛想笑いを消した。コートの下から銃口を出したVZ61を示すように少しだけ視線を下げたとき、出口側で待機していたランドクルーザーが下がってきて青山の目の前で停まり、別所が助手席から降りるなり、言った。
「龍野さんの要望で、迎えに行ってくれと。どこに行こうとしてたんだ?」
 青山はうなずき、リュックサックを肩から抜いた。八女がそれを後ろから引き取り、リアゲートを開けて機材や毛布が重なり合う荷室に置いた。別所は青山の体をぽんぽんと叩いて身体検査をすると、丸腰と判断して乗り込むように目で促した。
 青山が乗り込むと、後から乗った八女がスペースを詰めるように奥に押しやり、ドアを閉めた。別所が助手席に乗り、大橋がランドクルーザーを発進させた。青山はリュックサックが置かれた場所を確認した。少なくとも、拳銃を身に着けなかったことは、吉と出た。青山はそれで心の余裕を取り戻したように、大橋の後頭部に語りかけた。
「見張っていたのは、墨岡でした。あいつが、勘違いしたんです」
「あー、そうらしいね」
 別所が代わりに答え、八女がからかうように青山のわき腹をつついた。
「んー、責任転嫁はよくないね」
 青山はうなずいた。実際のところ、責任がない人間なんていないのだ。八女は底意地の悪い笑顔を浮かべると、後ろを振り返った。
「墨岡さん、どう思う?」
 八女が細長い手で毛布をめくり、青山は荷室を振り返った。墨岡が毛布の下に横たわっていた。顔に傷はなかったが、縛られた左手首の痣はほとんど真っ黒に変色していて、中で骨が折れているのが分かった。墨岡は何も言わず、目を合わせただけだった。青山は前に向き直ると、別所に言った。
「稲場の家に、戻ったんですか?」
 別所がうなずき、大橋が一瞬振り返った。青山は思わず目を逸らせた。二人からすれば墨岡がいるとは思っていなかっただろう。そこで待機しているのは、本来であれば自分だった。この手の早さから想像できるのは、ただ一つ。いつか、龍野は自分の頭に計画していたことを実行に移すと思っていた。
 それが今日なのだ。
      
       
作品名:Shellshock 作家名:オオサカタロウ