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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Shellshock

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 龍野がタクシーで帰っていくのを見送り、青山は自分だけが聞く羽目になった『外交官』の下りを墨岡に伝えるか迷ったが、それよりも先に墨岡がほとんど酔いの醒めた顔で言った。
「稲場から連絡が来た。足を抜けって」
 そういうことについて、稲場が冗談を言うとは考えづらい。青山は目を丸くした。
「足を抜くって、引退しろってことですか」
「そう。あいつと会ってくるわ」
 墨岡が言ったとき、青山は首を横に振った。
「ちょっと、聞いてくれますか。さっき電話に出とった間に、龍野さんから聞いたんです」
 龍野が考える新たな仕事。それを青山が語る内に、墨岡の顔は少しずつ血の気を失くしていった。情報を頭で噛み砕いた後、そこに龍野と新たな外交官しか出てこないことに気づいて、墨岡は言った。
「お前は、なんで俺にそれを言うんや?」
「足を抜くんちゃうんですか?」
 青山が言うと、墨岡は首を横に振った。
「龍野さんは、お前にだけ言ったんやろ。俺がおらんタイミングを狙ったんやから。それをなんで俺にバラしたんや」
「待ってください、自分はそんなつもりでは」
 青山が誤解を解こうと手を挙げると、墨岡は身を引いた。疑い出すとキリがない仕事だからこそ、本当に疑い出したときは土台から崩れる。
「お前、中立を証明したいか? それやったら、稲場に銃を渡したいから、今から俺のとこに一挺持ってこい。夜中でも構わん。直接来いよ」
「それなら、直接渡してきますけど」
「お前が信用できんから、俺が行くんや」
 墨岡は前を向いたまま、言葉の塊を吐き出すように言った。
「分かりました。用意します」
 青山はそう言うと、立ち去った。後ろを一度振り返ると、墨岡はまだそこに立っていた。到底、人を見送るような顔つきではない。前を向いて再び歩き出しながら、考える。実際、当たらずとも遠からず。龍野は、墨岡がいないタイミングを見計らって、こう言ったのだ。
『立つ鳥跡を濁さずだ。後腐れなく出て行くには、まず今付き合いのある全員を一か所に集める必要がある。外交官に確実な仕事をしてもらうためだ』
 青山は再度振り返ったが、ちょうど墨岡が背中を向けて歩き出したところだった。龍野の理屈。岩村たちが一旦集合して状況確認をするようなきっかけを与えなければならない。だから、こう締めくくった。
『まず外交官の一人に、稲場を殺させる』
    
 
 倉庫の中が賑やかになるのは、久しぶりだった。整理されてがらんとしていた中にはホワイトボードが出され、現像されたばかりの写真と書き込みで雑然としている。一歩引いて全体を眺めながら、佐藤が言った。
「外交官って呼ばれてるんか」
 岩村を通じて、その素性は簡単に割れた。ランサーの運転席に座る小柄な男と、助手席にかろうじて収まる大柄な男。それぞれ、大橋と別所。村岡と佐藤が出て行くときに特徴を掴み、柏原は工場までランサーを尾行した。古い型のランドクルーザーも置いてあり、柏原が撮った写真の中には、そのランドクルーザーの前で男女が言い合っている現場もあった。佐藤は、柏原が残したメモを見ながら、村岡に教えるように言った。
「この女の人が、八女。で、なんか言われてる相手が松戸で、リーダー」
 佐藤は言葉を切ると、引っ張り出した装備に視線を向けた。銃身を切り詰めたモスバーグM590と、サプレッサーが装着されたFNC。そして45口径のコルトディフェンダーとコンバットコマンダーが一挺ずつ。手持ちがなかったクレイモア対人地雷は、柏原が坂野に注文している。


 深夜二時。八女の言葉が予言だったように、龍野から電話がかかってきた。松戸は、大橋と別所が眠りから覚める速度が若干落ちていることに気づいたが、構わず言った。
「雇い主から連絡があった。こっちから行動を起こす。目標は、監視対象の無力化だ」
 八女が笑顔に変わった。殺すことには変わりないが、『無力化』という不気味な言い換えは、余計に高揚させるようだった。松戸は、大橋と別所に言った。
「二人は、ランサーで行け。弾は一発も使うな」
 それが禅問答であるように、大橋と別所は顔を見合わせた。『車を使って殺せ』という意味だということが遅れて伝わり、二人はようやく前に向き直ってうなずいた。八女が退屈そうに首を傾げた。
「私は待機ですか?」
「しばらく、おれと待機だ。状況が動いたら、二人と合流しろ」
 松戸はそう言うと、八女から視線を逸らせた。柱に縛り付けておきたいところだが、八女は関節を全て外してでも抜け出すだろうから、意味はない。どの道、稲場が一歩でも外に出たら連絡が来る。大橋と別所が動き、第一段階が終わる。蜂の巣をつついた後のことは、分からない。龍野は、逃げる気なら少なくとも一回は倉庫に集まるはずだと言った。
 それについては、異論はない。おそらく自分でも同じことをするだろう。
     
  
 留美は眠るとき、体を一旦丸める。それが入眠の合図で、うまく眠れないと腹いせのように足を伸ばして、次のサイクルが訪れるまではしばらく動かない。今日は二回目でその繰り返しが終わり、今は寝息すら聞こえないぐらい。稲場はその横顔を見ながら、思った。命からがら帰ってきたが、顔色の変化を悟られなかったのは幸運だった。一時間ほど前に帰宅したとき、留美は思わしくない結果に終わった夕食時の会話をまだ引きずっていて、ちらりと顔を上げただけだった。髪の隙間から覗く寝顔に、稲場は呟いた 。
「辞めるわ」
 今なら、責任がないから何度でも言える。問題は、お互いが起きているときだと、その短い言葉に続く現実的な方法が全く浮かばないということ。例えば、岩村にそのことを伝えたら、どうなるのだろうか。『ごくろうさん』と返ってくるのか、『生かしてはおけんな』と言われるのか。
 一番恐ろしいのは、『ごくろうさん』と言われて殺されることだ。稲場がその考えを頭に浮かべたとき、電話が鳴った。相手が墨岡であることを示す着信音を覆い隠すようにベッドから離れると、稲場は廊下で着信ボタンを押した。
「どうした」
「今、下に来てる。ちょっと話せるか」
 返事の代わりに終話ボタンを押し、稲場は上着を引っかけると、一階に降りた。墨岡は二日酔いの後に全身の血を半分抜かれたような、青い顔をしていた。
「よう」
「何時や思ってんねん」
 稲場が言うと、墨岡は青白い顔で少しだけ笑った。
「午前一時半」
「アホか、分かっとるわ。逃げろって言うたやろ」
 稲場は小声で言うと、駐車場の方へ墨岡を引っ張った。ただ単に逃げろと言うだけでは、説得力がない。墨岡を逃がすためには、自分が見聞きしたり思ったことをそのまま共有しなければならない。稲場は深呼吸をすると、小声で言った。
「龍野さんが、新しいことを始めようとして裏で動いとる」
 墨岡の顔色が少しずつ変わっていくのを見て、稲場は、村岡や佐藤の懸念が事実であることを、答え合わせのように半ば強制的に理解した。
「そのことで今日、村岡と佐藤に脅された。あいつらは、お前と青山のことも疑ってるぞ。やから、逃げろって言ったんや」
作品名:Shellshock 作家名:オオサカタロウ