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短編集109(過去作品

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「亡くなった人を皆で賑やかに送り出してあげようというのが、お通夜というものなのよ。ジメジメしていたって仕方がないでしょう?」
 と言われても、家族の人の気持ちを考えると本当にそれでいいのか疑問であった。
――もし、お兄さんが急に死んじゃったら――
 縁起でもないことだが、その時に一番失いたくない人が目の前からいなくなり、二度と会えなくなってしまうことを考えると、とてもそんな気分になれないだろう。
――大人になると、そんな考えになるのかな――
 もしそれならば大人になんかなりたくない。
 暑い時期にはビール、寒い時期では焼酎や日本酒、普段なら夜が更ければ真っ暗になる街が、一晩中明るく照らされた一帯があるというのも、異様な感じである。
 それにしても、どうして暑かったり寒かったりした時に葬式が多いのだろう?
 考えているつもりでも考えていなかったのか、しばらく答えを見つけられないでいた。病気の人や身体の弱っている人は急激な温度変化に耐えられないことくらい、普通であれば容易に気がつきそうなものである。
 恵美にはそういうところがあった。ちょっと考えればすぐに分かりそうなことであっても、なかなか気がつかないことが多いのだ。
 恵美は葬式があるのを見ると、急に体調が悪くなることが多かった。一度、体調が悪くなって、気分が悪くなると、玄関先から見た通夜の光景が脳裏を離れない。厳粛なはずの場所でのどんちゃん騒ぎ、恵美の想像を超えたものであることから、余計に気分が悪くなる。
 そういうのは連鎖するようで、葬儀があるたびに頭痛を起こすようになった。頭痛が起こると葬儀の様子が思い出されて、その後は吐き気や嘔吐を催すようになり、頭痛薬を必ず飲むようになっていた。
 もちろん、それ以外の時に薬を飲むことはないのだが、頭痛薬を飲むと指先が痺れてくるという副作用を感じるようになったのも、葬儀を見たせいではないかとずっと思っていた。
 都会に出てきてからも時々葬儀を見かけるのだが、もう気分が悪くなることはなかった。
――田舎だったからなのかな――
 旧家の葬儀や通夜は豪華なものである。都会に出てくれば、一軒家と言っても、狭い玄関からあっという間に居間に続いている狭い範囲で、たくさんの弔問客が犇いている。田舎ほど賑やかな通夜になるわけもない。騒ぎ立てれば近所迷惑でもある。
 田舎にいる頃は賑やか過ぎることに違和感を感じていたが、都会のようにただの形式的な儀式にすぎない雰囲気は、田舎を知っているだけに、あまりにも冷めているように思えて仕方がなかった。
 薬を飲むことを嫌っていたはずなのに、都会に出てきてから時々飲むようになってしまった。風邪薬や頭痛薬などに加え、胃薬を飲むこともある。
 あまり食事が進まない時に得てして体調が悪くなるもので、空腹での薬の服用は胃に悪い時いているので、胃薬を飲んでから他の薬を飲むようになっていた。
 複数の薬を飲むと、どうにもおかしな気分になってしまう。すぐに眠くなることが多く、夢を見ているようなのだが、気がつけばベッドの中にいるのではなく、薬を飲んだのと同じ場所にいる。時間にしてもほとんど経っていないので、夢を見たというのは信じがたいのだが。夢については、友達から以前聞かされた話で、
――本当に見ていなかったと言えないのではないか――
 と感じるのも事実である。
「夢ってね。起きる前の数秒くらいで見るものらしいのよ」
「え? あれだけの物語なのに?」
「ええ、でも、目が覚めるにしたがって、次第に流れが分からなくなっていない? 夢の中の時間が現実の時間に戻ろうとしているから時間の感覚が狭まってきているのよ。だから、短い時間に凝縮されようとするので、時系列が混乱してくるのね」
 言われてみれば分からなくもない。確かに長い時間が凝縮されるというのは、夢くらいでしか感じることのできないものだ。
 怖い夢を見ると、それが頭の中から離れないものだ。特に誰かが死んだり、死んだ人が夢の中に出てきたりするとなおさらで、そんなことを考えていると、夢の中に兄が出てくる回数が増えてくる。
――どうしてなのかしら――
 しかも夢を見る回数が増えるのは、決まって薬を飲んだ時である。薬を飲むと覚醒作用があるのか、見たものと想像したものとが混乱してしまう。
 熟の帰りに見る川面に写ったネオンサイン、鬱状態の時に気にして見ていることが多いが、気にしている時というのは、薬を飲んだ後の時も多かったりする。
 薬を飲んでいると、鬱状態になりやすい。逆に、鬱状態の時に飲めば、感覚が薄れて、あまり何も感じなくなるので、自然と薬に手が伸びていたのかも知れない。
 薬を飲むと楽になれるという安易な感覚が頭の中にあった。それも後先を考えずにである。
 鬱状態の時に人恋しくなる。それは、母を見ていて分かることだ。疲れている時の母、その姿は、色を失っていた。背景に明るさを感じなくなり、顔色がモノクロに感じられる瞬間がある。
――薬を飲んですぐなんだわ――
 そんな姿を見ていると、母親の後ろに浮かび上がってくる影を見ることがある。その影は恵美を見つめている。本当なら不気味なのだろうが、恵美にはその影が待ち遠しかったように思えてならないのだ。
 薄暗さに寒さや暑さを感じることはない。最初は暑いのか寒いのか分かっていたはずなのに、何度も母の後ろの影を感じているうちに、その感覚が麻痺してきたのだ。
「薬は飲みすぎるんじゃないぞ」
 兄の言葉を思い出す。まるでこだまが響いてくるように聞こえてくるその声が、母の後ろの影からも聞こえてくる。
「でも、薬を飲まないと……」
 影に向って話しかける。
 影は寂しそうな表情になって恵美を見つめている。影なのにどうしてそんな表情まで分かるのだろう。
「お兄さん……」
 言葉にならないはずなのに、声だけは耳にしっかり聞こえている。
――兄と最後にゆっくり話をしたのは、川面に写ったネオンサインを見ながら、バス停から帰る道だったんだ――
 今さらながらに思い出す。
 薬の副作用、それを兄が知っていたかどうか分からない。しかし、兄が大量の睡眠薬を服用し、眠るように冷たくなっていた姿を見てしまってから恵美は薬を手放せなくなった。
――薬がないと兄に会えない――
 田舎にいる頃の兄を思い出す。兄も葬式を不思議な眼差しで見ていたっけ。
「私も、ある人に会いたいから薬を飲むの」
 お母さんの声も聞こえる。その人が母を生き生きさせているに違いないが、いつの間にか母も薬の虜になってしまった。
――私にとっての兄は――
 母親の後ろで蠢く影を見ながら、川面に写ったネオンサインを思い出しながら、今日も薬を飲んでいる恵美だった……。

                (  完  )
作品名:短編集109(過去作品 作家名:森本晃次