徒桜
21
何(ど)れ程、経ったのだろう
其れ程、経っていない気もする
返り討ちに遭うも
倒れずに踏み止まる俺には最早(もはや)、興味等失せたのか
二の矢三の矢を放(はな)つ気は無いらしい
其れならば俺は俺で、落ち着け
「疑惑」は飽く迄も、「疑惑」だ
今からでも凌(しの)げば、上手く誤魔化せる
今からでも、「回復」は間に合う
卓上の、御冷(おひや)に手を伸ばして咽喉を潤す
自分自身、仕切り直し(笑)とばかりに店内の和(なご)やかな、喧噪に身を置く
隣の座敷席
中年の男性会社員から
自分達と然程、歳の変わらない男性会社員、二人が案内されていた
「俺、「鯖味噌煮定食」ね」
つい先程、聞いた台詞を
掘り炬燵(こたつ)式、座敷席に腰掛けるや否や御品書きも見ずに宣言する
連れの男性は御品書きを隅から隅迄、吟味した結果
彼方此方の壁に貼られていた、献立(メニュー)短冊を眺めた
「俺は、「鮴(メバル)の煮魚定食」にするわ」
一見して「同類」だと察して多少、身構える
全く良過ぎる(笑)場面(タイミング)に涼顔の、「氷の女王」は如何思うのか
俺同様、男性会社員 等(ら)の遣り取りに興味が湧いたらしい
何と無しに、隣の座敷席に耳を傾けている
「此れ、出張土産」
「鮴(メバル)」(男性会社員①)が手にしていた、紙袋を脇から差し出す
「!!待ってました!!」と、ばかりに礼を述べて受け取る
「鯖」(男性会社員②)が中身を覗くも、「其れ」を取り出して質(ただ)す
「ねえねえ?」
「出張先、関西だよね?」
「「東京銘菓」って、馬鹿にしてない?」
卓上に置く、「東京銘菓」から
ひらり、と落ちた領収書(レシート)を拾い確認する也(なり)、付け足す
「然(しか)も、駅で購入してるし・・・」
大(おお)いに呆れる、「鯖」の手から領収書(レシート)を回収した
「鮴(メバル)」は悪怯(わるび)れる様子も無く、其れ所か偉そうに問い掛ける
「然(そ)う言いながら、「東京タワー」に登った事も無ければ」
「此の、「東京銘菓」も食った事無いだろ?」
「鮴(メバル)」の言葉を素直に頷くも、「鯖」は不服そうに異議申し立てをした
「其れは、然(そ)うだろうけど」
「にしても、「東京銘菓」は有り得無くない?」
其れでも、「美味いの?」
と、首を傾げる「鯖」にずい、と身を乗り出し「東京銘菓」を指差す
「鮴(メバル)」が此処ぞとばかりに、若気(にやけ)る
「鮴(メバル)」に主導権が有る、付き合いなのか
「鯖」が若干、唇を尖らせて顎を引く
「逆に訊(たず)ねる」
「御前は此の、「東京銘菓」の「何」を知っている?」
其処からは怒涛の勢いで、「東京銘菓」の蘊蓄をし始める、「鮴(メバル)」
「鮴(メバル)」の蘊蓄を大人しく拝聴する、「鯖」
「俺」と「氷の女王」
軈(やが)て
話し終えた、満足顔の「鮴(メバル)」に
聞き終えた、不満顔の「鯖」が
「成る程」
「関西土産、買うのを忘れたのね」
「そゆ事」
難無く、白状した
目の前の、「鮴(メバル)」の額を指で弾く、「鯖」が声を上げる
「!!手前(てめえ)!!」
然(そ)うして仲良く連れ立って便所に、と席を立つ
「週末、「東京タワー」に登ろうよ」
「真っ赤な空を見に行くか?(笑)」
何とも戯(じゃ)れ合う、男性会社員 等(ら)の後ろ姿を見送る
俺と目と目が合った、「氷の女王」が私語(ささや)く
「「貴方」と「彼」みたい」
「?!はあ?!」
「!!俺達はそんな「関係」じゃねえ!!」
盛大に自爆する
「穴があったら入りたい」
否否(いやいや)、なんなら俺自身の手で掘らせてくれないか?
「勿論、「友達」としてって意味だけど?」
到頭、項垂れる俺に「氷の女王」が気不味(きまず)くも補足するが無意味だ
御察しの通り俺は、「同性愛者」だ
御負(おま)けに「異性愛者」相手に惚れるから恋人無し歴=(イコール)年齢だ
「彼」
「私の事が好きだけど、貴方(あなた)の事も好きよ」
思い掛けない言葉に吃驚(びっくり)して顔を上げる
俺を見遣る、「氷の女王」が悪戯(いたずら)な笑みを寄越す
「勿論、「友達」としてって意味だけど?」
屹度(きっと)
此れ程、憎らしくて
此れ程、愛らしい「女」等、後にも先にも貴女(あんた)だけだ
流石、「氷の女王」
「貴方(あなた)は迷惑だと思うだろうけれど」
一応、断りを入れる「氷の女王」が告白する
「私も、貴方(あなた)の事が好きよ」
思わず、呆気に取られる俺を余所に
其れは其れは儚げで
其れは其れは泡沫(うたかた)の笑みを浮かべる
清らかで凛凛(りり)しい
「氷の女王」に、俺も告白する
「奇遇だな」
「俺も、貴女(あんた)の事が好きだよ」
御互い見詰め合い(笑)、御互い当たり前のように口に出す
「勿論、「友達」としてって意味だけど?」