徒桜
20
他 部隊(パーティー)から出遅れるも
些(いささ)か回転率が低く
些(いささ)か滞在時間が長く
些(いささ)か客単価の高い、「定食屋」は大抵の社会人には敬遠されるのか
数分の待ち時間の後(のち)、座敷席へと案内されるも
「「鯖味噌煮定食」、ね」
俺に言伝(ことづて)を頼むや否や便所へと向かう
「勇者(バカ)」の耳に、「氷の女王」の声が飛び込む
「鮴(メバル)の煮付けが御勧めなのね」
鮴(メバル)は、「目春」と呼ばれるように春に旬を迎える
確かに小ぢんまりとした、店内を見渡せば
「あり〼(枡記号)」的な献立(メニュー)短冊が彼方此方の壁に貼られていた
「勇者(バカ)」も気付いたのか
遠目に見る、献立(メニュー)短冊に
「え、鮴(メバル)?、鮴(メバル)?」
と、繰り返す「勇者(バカ)」を余所に俺は御品書きを閉じる
「俺、「鯵フライ定食」」
昇降機(エレベーター)の遣り取りから、俺の腹は「フライ定食」一択だ
因(ちな)みに鯵の旬も、春だ
「え、鯵?、鯵?」
と、繰り返す「勇者(バカ)」に到頭、「氷の女王」が促がす
「御手洗い、間に合うの?」
思い出したように慌て出す、「勇者(バカ)」を見送る
「氷の女王」が当たり前の如く、提案した
「分配(シェア)しましょう」
俺も同意、とばかりに頷く
何時もの事だ
故に、「勇者(バカ)」との食事は倍、御得だ
すると直ぐ様、引き返して来た「勇者(バカ)」の姿
「無理、並んでる」
「はあ?」
「待てよ、其の位(くらい)」
「無理」
「待つ位(くらい)なら一旦、戻る」
「「戻る」って、会社にか?」と、聞き返すも限界が近いのか
大袈裟に頷く、「勇者(バカ)」は金茶(きんちゃ)色の暖簾を潜って店を出て行く
図らずも、「氷の女王」と二人切りにされたのは仕方無いが
図らずも、時間を延長された事態には、戸惑う
多少、「勇者(バカ)」繋がりで
慈愛を注ぐ、「愉快な仲間」程度には昇格(レベルアップ)しただろうが
其れでも「顔見知り」程度の間柄だ
若干、顔にも出たかも知れない
反して然(さ)も興味も無く、涼顔で向かい側に座(ざ)する
「氷の女王」の態度は可也、虫に障る
邪(よこしま)な感情が多分に加味された結果だ
でなければ、「喧嘩上等で煽(あお)ってやる」なんて思わなかった筈だ
「大学時代」
「貴女(あんた)は「有名人」だったから、俺は知ってるけど」
「貴女(あんた)は俺の事、知らないだろうな」
当然、「勇者(バカ)」も知らない
「氷の女王」を追い掛ける
「勇者(バカ)」を追い掛ける切なくも心躍る日日等、知る由も無い
然(そ)う、思っていた
然(そ)う、思っていたのは間違いだった
「知ってる」
目の前の、「氷の女王」が冷たくも笑みを湛えた瞬間
凍える吐息を吹き掛ける
「何時も、私の視界の端に「貴方(あなた)」は居た」
時には近く
時には遠く
「彼の肩越しに、「貴方(あなた)」の姿を見付けた」
率直(ぶっちゃけ)
自分には、「氷の女王」の「冽(れつ)」は響かない
態態(わざわざ)、其の「冽(れつ)」に触れようとしなければ凍える事も無い
喩(たと)え、触れたとて大した事は無い、と高を括っていた
だが、実際は触れずとも至近距離の、「冽(れつ)」に身震いする
「氷の女王」たる所以(ゆえん)は、清らかで凛凛(りり)しい
姿、形も然(さ)る事ながら振舞、言動だけの話しでは無いのだ
今、明確(はっきり)と理解した
誰も彼も「氷」の如く見透かす、「冽(れつ)」に与えられた称号なんだ
危(やば)いな
向こう見ずに売ったは良いが此の喧嘩、圧倒的に分が悪い
其れでも悪足掻(わるあが)くのか
「痛恨の一撃」を食らうも
「会心の一撃」を模索するも何も浮かばない
当たり前だが思い知る
俺は「氷の女王」の何を知り
俺は「氷の女王」の何を知らないのか
抑、「氷の女王」の弱点て何だ?
抑、「氷の女王」の弱点等、此の世の中に存在するのか?
途端
傍目には動揺を隠せても
内心、四苦ハ苦する俺を余所に、「氷の女王」が笑い出す
然(そ)うして目と目が合えば
恐らく、鳩が豆鉄砲を食ったような表情の自分相手に肩を竦めた
「本当は「話し」があって会いに来たのだけれど、見た?」
「彼の顔」
「は?」と、思うも話題(攻撃)が逸れた事に安堵する
「勇者(バカ)」の顔?
「氷の女王」に骨抜きにされた、「勇者(バカ)」の顔?
「俺」と
「氷の女王」との、唯一の共通点
「俺」の、唯一の弱点
一か八か、鎌を掛ける
俺は転んでもただは起きない、覚えておけ
「見た見た」
「「別れ話」とは露知らず、満面の笑みを浮かべて貴女(あなた)を出迎えた」
一矢報いたか
奇しくも「俺」の弱点は屹度(きっと)、「氷の女王」の弱点でもあるんだ
覗いたのか
覗かれたのか
直視するには限度が有る
「冽(れつ)」を湛えるも瞬く目を見開く、「氷の女王」を前に勝ち誇る
悪い、自他共に認める御子様(おこさま)なんだ
知ってるだろうが、言いたい事は言う
「彼奴じゃ、嫌なの?」
「嫌じゃないけど」
「彼奴じゃ、駄目なの?」
「駄目じゃないけど」
「俺」の、此の聞き方は気に入らないし
「氷の女王」の、其の答え方は気に食わない
然(しか)し、「氷の女王」らしからぬ
如何(どう)にも煮え切らない態度は如何(いかが)なものか?
然(そ)して、「俺」の罪悪感は何処から来てるんだ?
分かった
分かったよ
「質問」は最後にする
「彼奴が、馬鹿だから?」
「氷の女王」は其れは其れは小鳥の如く、小首を傾げた
「「馬鹿」では無い筈よ」
「彼、一応は「理系」なのだし?」
「「理系」、関係無くない?」
然(そ)う宣(のたま)う、「氷の女王」は文系だ
「兎にも角にも、「勇者(バカ)」を振るなら賢く遣ってくれ」
「貴女(あなた)は、「氷の女王」だ」
「其れでも「勇者(バカ)」が少しでも凍え(傷付い)たら、許さない」
我ながら、「馬鹿」な要求だ
我ながら、「馬鹿」な感傷だ
「心」を奪い
「勇者(バカ)」を奪い
貴女は此れ以上、何を奪うんだ?
だが、迎え撃つ「氷の女王」は微動だにしない
「言うのね」
「言うだろ」
「俺は、「勇者(バカ)」の「友達」なんだ」
「感傷」に浸り、明らかに選択を誤った
残り少ない体力を回復するのも忘れて、調子に乗って攻撃を選択した結果
「唯の、「友達」なの?」
見事に、「零(ゼロ)」だ