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徒桜

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18



声を殺して泣き続ける、女性を抱えたまま

何(ど)れ程、経ったのだろう
其れ程、経っていない気もする

一層(いっそ)、此のままで良い
一層(いっそ)、此のまま「先」に進まなくて良い

虫のいい話だ
「先」に足を踏み入れたのは他でも無い、「自分」

望もうが
望むまいが

「事実(イベント)」は無邪気な足音を伴(ともな)って、やって来る

「お母さん」

突として響く、稚(いとけな)い声

途端、抱き抱える女性の身体が固まる
見遣れば煉瓦敷の小径を此方へと弾んで歩く、声の主が居た

覚え立てなのか
其の歩き方を満悦に披露する少女は唯唯、微笑ましい

「駄目」

一転、女性の短くも鋭い声に自分は確信する

此れは好(この)ましい、「事実(イベント)」じゃない
此れは厭(いと)わしい、「事実(イベント)」なんだ、と確信する

愈愈、差し迫る足音に声を上げた

「!!来ちゃ、駄目!!」

突然の、女性の剣幕に
自分は勿論、少女も身体を飛び上がらせ立ち竦む

其の背後、駆け付ける中年女性は女性の、「母親」なのだろうか

少女の、小さな肩を抱き寄せる
目が合う自分に怖ず怖ず会釈するが、此の状況を不審に思うのは当然だ

自分自身、分からない
自分自身、分からない振りをしている

徐(おもむろ)に立ち上がる、自分を見詰める少女

強張る、幼気(いとけ)無い顔
生成(きな)り色の、ワンピースの裾を握り締める幼い手

酷く、色の抜けた
目の前の少女と同じ顔を知っている

「氷の王子」様の目線に促がされて振り返る
「氷の女王」が自分の姿を捉えるや否や男性同様、「冽(れつ)」を湛えた

彼(あ)の日の、彼女と同じ顔

立つ事も儘ならないのか
這い蹲(つくば)りながら少女と、「母親」の元へと駆け寄る

悲鳴のような、涙声を引いて

然(そ)うして、「母親」の手に縋(すが)り何とか身体を起こす
女性は振り返る事無く、四阿(あずまや)を後にする

『「海外」と言っても余り治安の良い地域じゃなかったしね』

義母の言葉

『御前は、お「兄」ちゃん子だから』

義父の言葉

『理想の王子(兄)様が身近に居た結果』
『愚民(近付く男達)等には目も呉れなかった、って事?』

同僚男性の言葉

『貴方は「私」を助けてくれた』

「氷の女王」の言葉

基本、「氷の女王」は女(おんな)子どもに優しい

「欠片(ピース)」が出揃うも
「欠片(ピース)」を嵌める事が出来ない

『「私」を助けてくれないのは「私」が悪い子だからって、ずっと思ってた』
『だから良い子でいようって、ずっと思ってた』

如何、言えばいい?
如何、乞えばいい?

誰も彼も、「口」出しさせない
誰も彼も、「手」出しさせない、其れが此の、「結果」なんだ

如何、責めればいい?
如何、詫びればいい?

其処に辿り着く、「事実」に
其処に辿り着いた、「事実」に自分は思い出す

花弁(はなびら)舞う四阿(あずまや)、仰ぎ見る枝垂れ桜

何と無しに差し向ける、手の平
ひらりひらり、桜色の身を閃(ひらめ)く気紛(きまぐ)れな花弁(はなびら)達

『毎年、貴方の為に「花」を咲かすわ』
『毎年、貴方の為だけに「花」を咲かすわ』

彼(あ)れは何(ど)れ程の言葉だったのだろう

毎年、其の身を咲かせ
毎年、其の身を散らす

彼(あ)れは何(ど)れ程の言葉だったのだろうか

『桜の樹の下には』

『「私」が埋まっている』
『「少女時代」の「私」が埋まっている』

何処何処迄も
何時何時迄も続くかのような、花弁(はなびら)散る桜並木を行く
彼女が自分の呼び掛ける声に振り返る

清らかで凛凛(りり)しい

『「さん」付けは止めて』

「でも、僕より年上じゃない」

言い掛けて止(や)める

今年は、同年
来年は、年下

然(そ)して延延、「氷の女王」は歳を取らない

目を落とす手の平
其処に揺れる、花弁(はなびら)を見止め泡沫(うたかた)の笑みを浮かべた

矢張り、「氷の女王」の笑顔は畏れ多い

舞い散る花弁(はなびら)を集めて集めて
貴女(あなた)に会えたら何(ど)れ程、幸せか

其の時は貴女(あなた)も
零れ溢れる花弁(はなびら)を手に飛び跳ねる自分と同じ

一緒に飛び跳ねて欲しい

作品名:徒桜 作家名:七星瓢虫