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徒桜

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「「兄」を愛しています」
「「兄」も、私を愛しています」

服装といい
雰囲気といい、優姿で控え目な印象

目の前の女性は一言一句
彼(あ)の日の、「氷の女王」の言葉を震える吐息で再現する

「然(そ)う言われて私は身を引くしか無かった」

何(ど)れ程の地獄だよ
何(ど)れ程の修羅場だよ

其れでも

抗うだろう
逆らうだろう

だが、考えてもみてくれ

「諦めるしか、無いですよね?」
「「氷の女王」様に御願いされたら、諦めるしか無いですよね?」

彼女の、「異名」を引き合いに出す
御負(おま)けに心中を見事に射抜く、女性の発言に自分も同感だ

誰も彼も、「氷の女王」に逆らう事は出来ない
誰も彼も、「氷の王子」様に抗う事は出来ない

事実、自分も然(そ)うだった
対峙しようにも、其の「冽(れつ)」に震えるんだ

生まれながらの、「勇者」じゃない
「氷の女王」の寵愛を受けた果ての、「勇者」なんだ

「其れ」を失えば、「愚民」の中の「愚民」に成り下がる

其れは仕方の無い事なんだ

遠目、窓越しの彼女が杯(カップ)を口元に運ぶ
同調(シンクロ)する自分も持ち手を掴む杯(カップ)を傾ける

向かい合う、女性も杯(カップ)を口元に運ぶ
一心に其の中身を覗き込んでいるのか、俯いたまま

貴女(あなた)は

「貴女(あなた)は泣いていた」
「貴女(あなた)は俯いて、泣いていた」

彼(あ)の日を思い起こす
自分の言葉に微かに頷く女性が、ぎこちなくも微笑む

「泣くわ」
「誰だって泣くわ」

「好きで別れるんじゃない」
「嫌いで別れるんじゃない」

余りにも心痛い
其の微笑みに如何にも自分は耐えられなくなる

同僚男性に(無駄な)見栄を切った手前
其れこそ「無傷」で戻りたいのに自分は耐えられなくなる

好きで別れたんじゃない
嫌いで別れたんじゃない

冷冷(れいれい)、「勇者(バカ)」に今生の別れを告げれば
振り返る事無く、肩で風を切って去って行く

「氷の女王」の背中を見送る自分は何処迄も滑稽だ

彼(あ)れが最後の姿だ
彼(あ)れが彼女の、最後の姿だ

如何にも立って居られない結果
如何にも覚束無い足取りで、其れでも女性に気取られぬよう
四阿(あずまや)に置かれた、鉄製 屋外用机(ガーデンテーブル)に辿り着く

手を触れる鋼鉄の、「冽(れつ)」に頭が冷える

何も彼(か)も可笑しい
何も彼(か)も意味が分からない

「兄」じゃないんだ
「妹」じゃないんだ

御互い、婚約者とも別れたんだ

義父も
義母も反対等、するつもりは無かった筈なんだ

傍(かた)えで風に舞う
霞の空に広がる、目の前の枝垂れ桜を仰ぐ

「信じられないです」
「「氷の女王」が死んだなんて、信じられないんです」

其れは女性も同じだろう

女性が抱く、「疑問」は
義父や同僚男性が抱く、「疑問」は同じだろう

其れは自分が抱く、「疑問」とは違うのだろう

何(ど)れ程、鉄壁の構えを誇る「氷の女王」

誰も彼も陥落は出来ないと諦めていた
誰も彼も遠巻きに畏れ多い、清高な姿を眺めていた

其処に現れた「勇者(バカ)」一人

自分が知り得る、「彼女」
自分が知り得ない、「彼女」

自分が信じるのは自分が知り得る、「彼女」

「彼(あ)れが、そんなタマか?」

「氷の女王」にしても
「氷の王子」様にしても

端麗な、其れでも御互いとは異なる「冽(れつ)」が垣間見える

「彼奴(あいつ)等が、「死ぬ」ようなタマか?」

声が震える
身体が震える

血が逆流する、此の感情は何なんだ?

「彼(あ)の「妹」も」
「彼(あ)の「兄」も「死」を選ぶ人間には到底、思えない」

其れならば何処へでも行けば良い
其れならば何時へでも行けば良い

「死」等、選ばない

「違いますか?」

当然、自分の予期せぬ「疑問」に
動揺を隠せない表情を浮かべる女性に対し、詰め寄る

最低だ
最低だが止(と)められない

「生憎、自分は義兄(おにい)さん事を何も知らない」

「其れでも」
「其れでも、貴女(あなた)は斯(こ)う言った」

『いいえ』
『いいえいいえ』

『迚(とて)も誠実な方でした』

『私と、娘(むすめ)にとって』

本(ほん)の、数十分前の会話だ

「誠実?」
「血が繋がってないとは云え、「妹」と関係を持つ男が?」

「誠実?」
「「妹」を介(かい)して貴女(あなた)に別れ話をさせる男が?」

「自分の前で」

駄目だ
駄目だ

此の感情は駄目だ

御丁寧にも「氷の女王」の耳朶を甘噛みした
「氷の王子」様が脳裏に蘇(よみが)える

「?!此れ見よがしに、「妹」に淫戯(いちゃ)付く男が?!」

馬鹿だ
馬鹿だ

言えなかった事を言えて自分は愉快だろうが
聞きたくなかった事を聞かされて女性は不愉快極まりないだろう

其れは其れは儚げで
其れは其れは泡沫(うたかた)の笑みを浮かべる、「氷の女王」

今更、気が付く

自分は「彼女」の何を知り
自分は「彼女」の何を知らないのか

「情けない」を通り越して唯唯、無様だ

力無く乾笑を零し枝垂れ桜の如く項垂れる

其れでも自分の、此の態度は有り得無い
直ぐ様、気を取り直して女性に謝罪しようと顔を上げた瞬間

「御免なさい」

自分が詫びるよりも先に
目の前の女性が、ぼろぼろ涙を落として嗚咽と共に繰り返す

「御免なさい」
「御免なさい」

到頭、其の場に頽(くずお)れる元へと駆け寄る
然(そ)うして抱えた自分の腕に掻い付く、女性が続けた

「こんな事に」
「こんな事になるなんて、思わなかった」

溢(あふ)れる側から其の目に涙を溜める、女性の言葉を聞いていた

作品名:徒桜 作家名:七星瓢虫