徒桜
12
何時も通り退社後、晩飯の食材の買い出し
何時も通り真っ暗な部屋に帰宅すれば、何やら様子が可笑しい
居間兼食堂(リビングダイニング)に続く、廊下の先
閉(し)めた、硝子を嵌め込む格子扉の向こう
ちらつく光が目に付く
「、テレビ?」
漏れ聞こえる、音声に耳を攲(そばた)て通勤靴を脱ぐ
当然、足音を忍ばせ(生憎、室内履き等と小洒落(こじゃれ)た物は無い)
仄(ほの)かに明ける廊下を進めば
時間的に
内容的に、「報道番組」なのだろうか
気が付く也、格子扉の把手に手を掛け思い切り押し開く
『番組独自の取材で』
『二人が「兄」と「妹」の関係では無いと言う事が、』
『其れでも』
『許されない結果の、「心中」事件として、』
「誰得」の、情報を大義名分の元
御構い無しに垂れ流す稍(やや)、眩(まばゆ)い画面を見詰める
其処には、「卒業 写真帳(アルバム)」から拝借したのか
「氷の女王」と
「氷の王子」様が映っていた
遅れ馳せながら初めて、「兄」の姿を拝(おが)む
「勇者(バカ)」曰(いわ)く
「氷の王子」様と比喩(ひゆ)するだけの事はある
「氷の女王」とは異なる「冽」が垣間見えた
確かに異なるが、成る程
「血」の繋がりが無いのが不思議に思える程、だ
然(しか)し、「勇者(バカ)」の手前
俺自身も報道番組の類は一切、締め出していたのに「水の泡」
機械的な口調で、「事実」のみを伝える
画面を見つめ続ける、「勇者(バカ)」は俺の帰宅に気付かない様子だ
熟(つくづく)、気の利いた台詞(せりふ)一つ
言えないのなら人工知能を積んだ「機械」で充分だ、と思うのは俺だけか?
分かっている
此れは唯の、「八つ当たり」だ
扨扨(さてさて)、バレた後は如何する?
否否(いやいや)、寧(むし)ろ此れは好機(チャンス)だろ?
等と、腹を括(くく)るも情報源は容易く想像出来る、と圧(へ)し口をする
俺に機械的な口調が、「答え」を告げた
『取材を受けて頂いた母方親族の御話しでは、』
「氷の女王」は自分の連れ子で
「氷の王子」様は母親の連れ子だと、義父さんに打ち明けられた
其処からは骨肉の争いなのか、何なのか
《彼女(義母)、実家に戻っていてね》
「、え?」
《「息子」を殺した「女」の父親とは一緒に暮らせない、とね》
「、そんな言い方、え?え?え?」
不躾にも何度も聞き返す
携帯電話越し、義父さんが笑いながら打ち明けた
聞き難い事はさり気無く聞くのが一番、良い
逆も然り?、なのか?
図らずも「氷の女王」の「事実」を
何時か、「勇者(バカ)」に告げるべく与(あず)かる
《然(そ)う言ったのは彼女の、「親戚」なんだけどね》
《彼女(義母)は、「彼(あ)の娘(こ)は悪くない」》
《「パパさんは悪くない」て、言ってくれたんだけどね》
「一瞬」の沈黙
「一瞬」なのに途轍(とてつ)もなく、長い
《駄目、だった》
《泣き崩れる彼女(義母)を私自身、引き留める事は出来なかった》
離縁はしていないが
母親は「氷の女王」の葬儀に
父親は「氷の王子」様の葬儀に関わる事は出来ず
《愛していたのなら》
《死ぬ程、愛していたのなら》
然(そ)うして言葉を詰まらす義父さんの嗚咽交じりの声を延延、聞いていた
機械的な口調で、「事実」のみを伝える
画面を消す、「勇者(バカ)」が漸(ようや)く俺の帰宅に気付いたのか
無言で居間兼食堂(リビングダイニング)の電灯を点ける
此方に顔を向けた、「勇者(バカ)」に手にした買い物袋を掲げて、言う
「晩飯は、スーパーの惣菜だ」
悪い、寝不足なんだ
微かに頷く、「勇者(バカ)」が
ぎこちなくも立ち上がる也、「俺、手伝うよ」と、答える
「馬路(まじ)、助かる」
普段の俺らしく返すが当然、普段通りの訳が無い
「勇者(バカ)」に悟られない程度には「声」も震えたし、「手」も震えた
一人暮らし、自炊可能な台所(キッチン)としては程程だが
流石(さすが)に、成人男性二人立てば手狭だ
肩と肩が触れる距離で並ぶ、俺に「勇者(バカ)」がぽつりぽつり、話し出す
「俺、知らなかった」
「彼女、相談してくれれば良かったのに」
「俺、祝福したよ」
「俺、振られたけど祝福したよ」
「うん」と、返事をするも俯く、「勇者(バカ)」に聞こえたのか如何なのか
「死んじゃうくらいなら、俺」
「祝福したよ」
到頭、抱える腕に顔を埋めて泣き出す、「勇者(バカ)」の横で
惣菜の、揚げ物の食品容器(パック)を開けながら不覚にも涙が出てきた
「心」を奪い
「勇者(バカ)」を奪い
貴女は此れ以上、何を奪うんだ?
「氷の女王」を失(な)くして
「勇者(バカ)」は如何やって生きて行けば良いんだ?