星に願いを：長門 甲斐編
願い
何時ものように仰ぎ見る
何時もとは程遠い、異常な天上の「光」に暫し言葉を失う
「天変地異」の前触れか
其れでも
何時ものように願う
何時ものように願う後、見下ろす平常な地上の「光」
其れでも
視界の端に「光」が「落ちた」ような、気の所為(せい)なのか
今は如何でも好い
今は此の賃貸集合住宅(マンション)の屋上から飛び降りたら
確実に死ねるのか、如何なのか
等と、埒が明かない事を考えて何分？
其の手に提げた、レジ袋へと視線を向ける
簡単に言うな
簡単に言うなら
簡単に出来るのなら酒等、呷(あお)らない
此処は掃き溜めの吹き溜まり
学生の自分が難無く「酒類」が買える、頗る柄の悪い地域
此処が「俺」の生まれ落ちた場所
然(そ)して此処が「俺」の死に果てる場所
屋上の柵の外側、狭い足場に蹲(じゃが)み込む
彼(あ)れは幾(いく)つの時だ？
初めて「柵遊戯(ベランダゲーム)」を披露した時
気絶する勢いで絶叫した彼奴(あいつ)の間抜けな顔を思い出す
散散、肩を震わせて笑えば咽喉の渇きに缶麦酒を一本、飲み干した
曖気(ゲップ)と共に「其れ」を気怠く放(ほう)る
塗装道路か
将又(はたまた)、青空駐車の自動車群か
耳を澄ますも然程、響かなかった「外(はず)れ」の結果に
舌打ちしつつ大人しく柵の内側へと戻る
簡単に言うな
簡単に言うなら
簡単に出来るのなら酒等、呷(あお)らない
突っ掛けの底を引き摺り家路に辿り着く
「鍵」も壊れたまま、鈍い音を立てる鉄板扉(プレスドア)を引き開ける
途端、腕組して仁王立ちする姉と目と目が搗(か)ち合った
慌てて未(いま)だ数本、レジ袋に残る缶麦酒を背後に隠す
次(つ)いで愛想笑いをする自分を無視して問い詰める
「何処、行ってた？！」
「あ？」
「？！何処、行ってた？！」
流石、女暴走族(レディース)の退役(たいえき)総長
凄みを利かせる眼光に現役の(筈)自分も多少、牢籠(たじろ)ぐ
「甲斐(かい)ん所」
当然、素直に答える
当然、「命が惜しい」等、思い浮かんで可笑しくなる
覗いたら屹度(きっと)、俺の頭ん中はぐちゃぐちゃだ
「甲斐」の名前を聞く也(なり)、組んだ腕を解(ほど)く姉が
「そう」
「そう、なんだね」
然(そ)うして玄関広間から退くも
突っ掛けを無造作に脱ぐ自分の手元、レジ袋の中身に気付く
危(やば)い
危(やば)い
現役時代、姉は「飲む・打つ・買う(？)」三昧だったが
自分には頑(かたく)なに認めてくれない
理不尽だが
理不尽だが弁解はしない
其れこそ
鉄拳制裁覚悟で顔面を差し出す自分に半目を寄越す姉が言い捨てる
「程程に、ね」
然(そ)して然(さ)も当たり前のように
提げられたレジ袋から缶麦酒二本を抜き取る
其の上、有ろう事か「摘(つま)み」のスナック菓子迄、取っていく
残りは缶麦酒一本に、別腹(デザート)の貯古齢糖(チョコレート)のみだ
理不尽だが
理不尽だが抗議はしない
軽い足取り、何なら鼻歌交じり歩き出す姉の後ろ姿を見送る
「父親」が死んだ
「母親」が死んだ
「甲斐」が死んだ
死なない「俺達」は如何やって生きていけばいいんだろうなあ
何時もの事
何時もの事
自分は直ぐ手前、自室扉の把手(とって)に手を掛ける
何時ものように酒を呷って
何時ものように酔い潰れて
何時ものように俺の「願い」は叶わない
作品名：星に願いを：長門 甲斐編 作家名：七星瓢虫