星に願いを:長門 甲斐編
置土産
「あ・・・、ちいぃ」
汗 塗(まみ)れで目覚める
枕元の冷暖房設備(エアコン)の遠隔指令機(リモコン)を弄り
握るや否や電源(スイッチ)を入れる
堪(たま)らず熱がこもる寝台(ベッド)から身体を起こす
然(そ)うして足元に転がるレジ袋を見止めて気怠くも掴み寄せた
缶麦酒を漁り、蓋(ステイオンタブ)を引き開け一気に呷(あお)る
「常温」所か、「高温」に近いが背に腹は代えられぬ
粘(へば)り着(つ)く咽喉(のど)を潤さずにはいられなかった
噯気(げっぷ)と共に一息入れる
同じく、レジ袋から取り出した別腹(デザート)の貯古齢糖(チョコレート)
其の箱を持ち上げ軽く振るが当然、固形物が動く気配はない
「取り敢えず冷蔵庫に入れとくか」
然(そ)うすりゃあ何時の間にか無くなってるのが「常(つね)」だ
「俺」のモノは「姉」のモノ
「姉」のモノは「姉」のモノ
理不尽だが
理不尽だが抗議はしない
手入れもせず伸ばしっぱなしの、頭髪を掻き上げる
目を落とした先、寝台(ベッド)の枕元
電源の入らない携帯電話を何とは無しに充電器に挿し込む
脇机(サイドテーブル)に仄(ほの)かに伸びる「光」
窓掛(カーテン)の隙間から差し込む
「其れ」は明(あ)けを告げているが前ほど嫌な気はしない
此(こ)の空間に存在する
何物よりも
何者よりも活き活きとしている花束を無造作に置く
「希望」と刻まれた、墓石
「誰」が「誰」に言う言葉なんだ?
「誰」に「誰」が言う言葉なんだ?
「俺」が言う言葉なのか?
「甲斐」が言う言葉なのか?
其れとも
『何故か
あたしは希望を知っている』
彼(あ)れは何処の誰が言った言葉なのだろうか?
遠近(をちこち)、蝉時雨が降り注ぐ中
負けじとジャージーの尻 衣嚢(ポケット)に突っ込んだ携帯電話が鳴った
同時に溜息を吐く
「姉」の朝は
俺の部屋の扉を叩く事なく踏み込む事から始まる
其処から俺の姿がありゃあ大人しく退(ひ)くが
肝心要、俺の姿がなけりゃあ部屋中、引っ繰り返して探しやがる
可笑しいだろ?
「餓鬼(ガキ)」じゃねえんだから隠れたりしてねえわ
然(そ)うして寝台(ベッド)の敷布団(マットレス)迄
引っ繰り返された日にゃあ発狂モンだろ?
俺も「男」だし
俺も真面で健全な「男」だし(笑)
「声掛け」やら
「置手紙」やらの対策を打たない自分も大概だ
其れでも見付からない「弟を」を探した結果
不思議と見当たらない「携帯電話」に駄目元で掛けてきたのだろう
「申(も)し申(も)し」
応対した結果
携帯電話越し「姉」が息を呑む気配がするも
直ぐ様、はっとした様子で凄み所か気の抜けた声で訊いてきた
《、貴方(あんた)》
《、貴方(あんた)、何処に居るのよ?》
当然、「俺」の行く所は一つしかない
「甲斐(かい)ん所」
二日連続とは予想外だったか
思いの外、墓参り後の失踪(洗)は唯唯、不安を煽っただけか
是又(これまた)、惚(ほう)けた声で
「然(そ)う」
「然(そ)う、なんだね」と、言った切り沈黙が流れる
彼(あ)の日以来、「俺」も「姉」はこんな感じだ
彼(あ)の日以来、「俺」も「姉」はこんな感じだが好い加減、苦しい
「俺」が此(こ)れ程、苦しいのなら
「姉」が何(ど)れ程、苦しいのか等、分からない
何が「姉」命令だ
何が「弟」絶対服従だ
「俺」は自分勝手だ
然(そ)して「姉」も当然、自分勝手だ
「俺、死んだ方が良い?」
「姉」の言葉は至極、真っ当だ
其れでも「俺」の逝きたい所は一つしかない
足掻(あが)いて
藻掻(もが)いて
「其処」に辿り着く事は許される事なのか、如何(どう)か
携帯電話の向こう、声を押し殺すような沈黙が続く
軈(やが)て携帯電話口から聞こえてきたのは「彼氏」の声だった
《おは》
「「挨拶」は基本中の基本」
と、耳に胼胝(タコ)が出来る程、聞いてる
抑(そもそも)、「姉」の「彼氏」で
認めていないが「俺」の「父親」代わりだ
挨拶し返さない訳にはいかない
「おは」
瞬間、馬鹿笑う
「彼氏」が癪(しゃく)に障るが相手にしねえ
自分も「馬鹿」だが「馬鹿(彼氏)」にかまえば日が暮れる
「彼氏」も察したのか
将又(はたまた)、携帯電話口から漏れてきた
「姉」の噦(しゃく)り上げる声に思い出したのか、本題に戻る
《俺で悪いが、代弁するわ》
宣言する也(なり)
「此処(ここ)に居ろよ」
「此処(ここ)で長門の言葉に応えろよ」等、遣り取りが聞こえてきた
「ヤダヤダヤダ」
「ヤダヤダヤダじゃねえ」
「我儘(わがまま)、言ってんじゃねえ」
「ヤダヤダヤダ」
「御前」
「御前、叩くのは駄目だろ」
「ヤダヤダヤダ」
如何した如何した
淫戯淫戯(いちゃいちゃ) 仕様(モード)に突入か?
愈愈(いよいよ)、其の場に座り込む
「俺」の盛大な溜息が聞こえたのか、「彼氏」が慌てて喋(しゃべ)り出す
《、いいか!》
《御前に死んで欲しいなんて一度も思った事はねえ!》
《唯の一度も、だ!》
途端、「彼氏」が叫んだ後
「姉」の泣喚(なきわめ)く声と共に居間の硝子扉が閉まる
消魂(けたたま)しい音が届く
思わず携帯電話を耳元から引き離すも
「噛むのはなしだろー」
と、居間を飛び出した「姉」に訴える「彼氏」には敢(あ)えて触れずに
自分は自分の言いたい事だけを伝える
「然(そ)っか」
「其れなら俺、生きてくわ」
さらりと答える「俺」に携帯電話の向こう
「彼氏」もさらりと返す
《然(そ)うしろ然(そ)うしろ》
其れでも「痛てえ痛てえ」繰り返す「彼氏」に追い打ちをかける
「如何でもいいけど」
「「嫁」さん、泣かしてんじゃねえよ」
《御前がな!》
《御前が泣かしてんだよ!!》
間髪を容れず突っ込んだ後、暫(しば)し黙り込む「彼氏」
《、っ長》
即行で通話を切り、大声で笑い出す
朝も早よから「兄」の墓石の前で大笑いする
「弟」は殊更(ことさら)、気狂(きちが)いだ
携帯電話を翳したまま
嘸(さぞ)かし面を食らった「彼氏」の顔を思い浮かべて腹を抱えて笑う
散散、笑って気が付いた
携帯電話の待受(ホーム)画面、珍しく電子文書(メール)表示がある
「俺は電子文書(メール)は見ねえ」と明言した以上
通話以外反応しない自分相手に送信とは何処(どこ)の何奴(どいつ)だ?
以前に「何時(いつ)のだ?」と、思いながら操作する
其の宛先を見て
其の何年も前の、電子文書(メール)を開いた
不思議と心は震えない
本当は分かってた
願っても願っても、俺の「願い事」は叶わない
本当は分かってたんだ
「其れでも諦められなかった」
震える手で握り締める携帯電話
液晶画面が表示するのは「甲斐(かい)」からの、電子文書(メール)
其処(そこ)には一言
「!!行ってらっしゃい!!」
作品名:星に願いを:長門 甲斐編 作家名:七星瓢虫