星に願いを:長門 甲斐編
招待(召喚)
「何処、行ってた?」
開口一番、不満げに然(そ)う語り出す「人物」を前に
何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も
「お帰りなさい」位(くらい)、言えねえのか
思うも、閉め掛けた自室の扉越し
廊下の突き当り、居間の硝子扉を盗み見た後(のち)、音を立てずに閉める
レジ袋を放(ほう)る寝台(ベッド)に座り込む
枕元には冷暖房設備(エアコン)の遠隔指令機(リモコン)
然(そ)して携帯すらしなくなった、携帯電話
彼奴(あいつ)からの連絡がない以上、携帯する理由がない
御負(おま)けに疾(と)うの昔に充電切れだ
此れじゃあ、何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も
「何処、行ってた?」と、聞きたくもなるか
多少、ばつが悪い
手入れもせず伸ばしっぱなしの、頭髪を掻き上げる
其れでも目の前の「人物」に見覚えがない
抑(そもそも)、「鍵」も壊れたままの此の家には招かれざる「客」が入り込む
場合がある
場合があるが大抵は姉(門番)
又は姉(門番)の彼氏に返り討ちに遭う
姉の前は「母親」
「母親」の前は「父親」だったらしいが
門番を受け継ぐよりも好い加減、「鍵」を取り換えろよ、と思う
兎に角、目の前の「人物」は見事、門番を突破した事になる
否否(いやいや)、突破したかも怪しい
何処も彼処(かしこ)も生まれた時から変わらない、見慣れた景色
何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も生まれた時から変わらない、見慣れた顔
引っ詰めた髪から垂れる前髪を揺らして
馴れ馴れしい笑顔を浮かべた、外套(マントコート)を羽織る「人物」
明治か
大正か、何とも懐古趣味(レトロ)な「人物」
生憎、此の手の知り合いはいない
仕方なく掻き上げたまま項垂れた足元
目の前の「人物」の、編み上げ靴が視界に飛び込む
若干、我が目を疑う光景に思考停止するも何とか言葉にする
「靴、脱いでくんない?」
「!!ああ!!」
「!!済まん済まん!!!」
慌てて謝罪するも直ぐ様、得意顔で
「所(ところ)が此の足元」
「本(ほん)の少し浮いているから汚れないんだぞ」
何なら足踏みを始める
「其の証拠に足音がしない」等と、理解不能な言葉を吐(は)く
目の前の「人物」をげんなりした思いで見上げる
彼(あ)れ程、シンナーには手を出すな、と
然(そ)う思う自分の隣、寝台(ベッド)にどかりと腰掛ける「人物」が
編み上げた靴紐を口笛交じり解(ほど)き出す
然(そ)うして
「何(なに)せ「招待」等、受けたのは初めてなのでな」
「正に心が浮き立つとは此の事だな」
上機嫌で宣(のたま)うので
否否(いやいや)、貴方(あんた)の言葉を借りるなら浮くのは「足」だろ?
仮に「初めて」だろうが土足はねえよ?
仮に「本(ほん)の少し浮いている」?
貴方(あんた)、ドラえもんなのか?
足元の反重力機能で地面から3粍(ミリ)浮いている、ドラえもんなのか?
内心、突っ込むも別の言葉を吐き捨てる
内心、警戒を解いた訳じゃない
「「招待」した覚えはねえけど?」
「またまた~」
編み上げ靴を引っ張り脱ぎつつ巫山戯(ふざけ)て
肘(ひじ)で小突(こづ)いてくるも相手にしない
当然、然(そ)うなる
当たれば当たる程、矢張り此の手の知り合いはいない
軈(やが)て靴紐同士を結んだ編み上げ靴を首元に引っ掛ける
隣に腰掛ける「人物」が自分へと顔を向けた
横目に見るつもりが止(よ)せば良いのに、其の紫黒(しこく)色の眼を覗き込む
天体望遠鏡を覗き込むような
紫 掛(がか)る暗闇の中、微かに瞬く「星(ひかり)」を探すような
到頭(とうとう)、俺は何時ものように
途端、隣に腰掛ける「人物」がにかっと笑う
「「星」に願っただろう?」
作品名:星に願いを:長門 甲斐編 作家名:七星瓢虫