小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

山と生き物

INDEX|4ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 数年前の8月だった、散歩でよく出かけていた自然公園の欅の下で数枚のタマムシの羽根を見つけた。メタリックな光沢の羽は下草の隙間で光っていた。羽は全体的には緑色だが黒や黄などが混ざるもので、玉虫色と言うだけにその色彩はなんとも曖昧でハッキリと断定できないところがある。物事の裁定では「玉虫色の決着」などとあまりいい意味合いでは使われないことが多いが、実際の羽は光の加減や見る角度によって色合いが変わるどっちつかずの色味が逆に魅力になっているように思う。
  羽を手にした僕は捨てるには惜しくポケットにしまい持ち帰った。これで何か作れないものかってみようかと考えたのだった。
それがきっかけでその後タマムシの羽根の収集を始めることになった。

何度かの収集ののち羽根のほとんどは欅の下で見つかり、タマムシは欅に集まる虫だということがわかってきた。公園には植樹された50年ものの欅の大木があちこちにあり、散歩のたびにその下を目を皿にして探して回った。一回の散歩で10枚あまり拾える時もあった。羽の多くは身体から切り離された状態で落ちていることが多く、近くに転がっている胴体の損傷具合を観るに鳥の襲撃によるもののようだった。
 しかし、8月の末から9月に入ると損傷のない完全体が落ちていることが多くなってきた。時には生きたものが木の幹にとまっていることも。ただしそれらの動作は緩慢であり寿命を迎えていることは明確であった。そういう生きた個体は天寿の完うのためそっとしておいた。
さらに調べてみると、タマムシは欅に産卵することがわかった。弱った木や腐った木に産卵するという。樹齢50年の欅は老木になるのかどうかは知らないが樹上に枯れた枝がある木が多いのを見るにそうなのであろう。ケヤキの樹上はオスとメスの出会いの場であり産卵の場なのだ。


さて、週2~3回の散歩で集めた羽根は入れ物の桐箱の中にすでに数百枚。もう創作に取り掛かっても良い十分な数となっている。小物入れか何かの木箱に貼り付けて漆で仕上げて見てはどうか、とかペンダントのようなものはどうかとか考えるのだがどうも気持ちが定まらない。
グダグダ思い悩んでいるうちに一年以上が経った頃、とりあえず板に貼り付けて置き物を試作してみようと木の板、ハサミ、ピンセット、樹脂などを購入した。しかし、羽根をそのまま使うかそれとも切って貼る方が良いか、どういう並べ方にするか 、なかなか考えが定まらない。そして数ヶ月。未だ製作には踏み込めずにいる。思案ばかりで、要するに気の起こりが生じないのだ。創作に取り掛からねばと考えた時点でその考えの裏で葛藤があったのだ。元来細かい手作業は嫌いだから。手先は決して不器用ではない。どちらかというと器用なほうだと思う。しかし、細かく神経を使う細かな作業はめんどくさく感じることが多く苛立ちさえも覚える。性に合わないのだ。性に合わないことがわかりながらやろうとしていたのだから行動に移れなかったのは当然といえば当然である。仕事でもないのだから尚更。しかし、たっぷりとあるタマムシの羽根が気になって仕方がない。どうしたものか、ああ、悩ましい!  そのような状況が続いている。
近頃は、創作に取り組むのはさらに老いて山野歩きさえもできなくなった時までおいておこうか、と考えもする。
さしあたりこのタマムシの羽根の強迫から逃れるには箱ごと押入れの中にしまうのがよいかもしれない。






ハリガネムシ



 10月の下旬だったか、散歩先の森の中の小川をまたぐ橋の上で川面を眺めていると一匹の飛翔体が視界を横切り水面位に落ちた。カマキリだと直感した。ハリガネムシの仕業がすぐに頭をよぎったからだ。橋から川べりに降り水の中に落ちた生き物を確認した。間違いない、カマキリだ。カマキリは 流れに乗って岸にたどり着き草むらに這い上がった。見た所動きに不自然なところはなく元気そうだ。ハリガネムシによるものではなく単に目測を誤っての着地だったのだろうか?
 そのカマキリから目を離した後、ふと見やったほんの上流の水面にもう一匹のカマキリが川底に沈んでいた。こっちのは間違いないだろうと近づいてよく見ると案の定後ろ足に絡まる薄緑色の線虫がうごめいている。 ハリガネムシは何度か見たことがあるが茶色のものばかりで緑色のものは初めてだ。カマキリの腹から這い出すこの虫の光景は何度見てもおぞましいものがある。後に調べて見ると日本のハリガネムシは14種類も確認されているとのこと。この時のものは緑のやや小さな種だったようだ。

 このハリガネムシという線虫、おそるべき寄生虫である。その生態は水中と寄主への寄生の循環の中で巧みであり実に戦略的である。水中で産み落とされた卵がカゲロウなどの水生昆虫に食べられ、その昆虫が羽化して地上に出たものをカマキリやバッタが食べる。そして、それらのお腹の中で卵からかえり生体から養分を得ながら寄生する。この虫の怖さの真骨頂はその後だ。全ての生き物は遺伝子に刻まれたプログラム(指令)に基づき子孫を残さなければならない。異性と出会って交尾をしなければならない。その必要とされる環境は水中だ。カマキリのお腹の中で成長したハリガネムシは生殖の時期を迎えるとカマキリの脳に、とあるタンパク質を送り入水自殺をさせる。つまりカマキリの脳をコントロールし水に飛び込む衝動を起こさせるのだ。(キラキラと光る水面の輝きに反応して飛び込んでいるという研究結果の報告もあるようだ) カマキリが水に飛び込むとその腹から水中に抜け出し、繁殖のための相手を探し交尾、メスは卵を産む。そして水生昆虫に食べられ…のサイクルを繰り返す。このような込み入った生存戦略はどのように身につけてきたのかと考えるとなんとも不思議なもので怖くもある。
ちなみに、このようなマインドコントロールや乗っ取りをする怖い寄生虫は猫のトキソプラズマやカニのフクロムシなど、調べてみるとけっこう他にもあるようだ。
作品名:山と生き物 作家名:ひろし63