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短編集108(過去作品)

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夢遊病



                夢遊病


 故郷である熊本に帰るのはいつ以来だろう。高校を卒業してからなので、八年くらいは経っているであろうか。晴れた日ばかりが思い出として残っている熊本は、その名のごとく「火の国」である。しかし、冬の寒さも時には身に沁みていたもので、暑さだけが思い出ではない。
 熊本城の明かりを横目に見ながらクリスマスイルミネーションがまばゆい九州一ともいえる商店街、バスや市電を待っている人で、大通りはごった返している。夕方ともなれば賑やかで、寒さも忘れさせてくれるというものだ。
「遠いところをわざわざすみません」
「いえ、清水君とは仲が良かったからですね。それにしても熊本市内はあまり変わりませんね」
「少しずつではあるんですが変わっていっているんですよ。元々大きな街なので目立たないだけなのかも知れませんね」
 幼馴染である清水の弟が、熊本駅まで車で迎えに来てくれた。忙しいはずなのに、よく来てくれたものだ。黒いスーツに黒いネクタイ、懐かしさで少し表情が緩んだが、さすがにかしこまった表情をしている。
「あちらは、兄と父がいますので気にしなくてもいいんですよ」
 と言ってくれた。私は彼とは家族ぐるみの付き合いであったが、兄や父よりも迎えに来てくれた弟の方が実は好きだった。兄や父が嫌いというわけではないのだが、どうしても年上ということで気を遣ってしまう。そういう意味では弟が私にも気を遣ってしかるべきなのだろうが、彼は性格的に天真爛漫なところがあるので、あまり気にしていないようだ。そこが彼のいいところだと思っている。実際に社交的な性格は誰からも好かれているようで、兄である清水も弟には他の人に話せないようなことでも話せるんだと言っていたことを思い出した。
 兄弟でも似た兄弟と、まったく似ていない兄弟がいる。外見というよりも性格的に都言う意味で、かたや明朗快活なのに、かたや暗い雰囲気を醸し出しているという兄弟をよく見かける。
 人の性格というのは、生まれながらに持っているものと、育っていく環境によって変わってくるものがあるという。生まれながらに持っているものは内面的なことが多く、表に出るものは環境によって変わってくるものが多いのではないだろうか。そう考えると、兄弟で性格が違ってくるのも頷けるというものだ。
 清水の兄弟を見ているとそのことを感じる。
 清水には兄と弟がいる三人兄弟の次男である。性格的には一番しっかりしているのではないだろうか。兄は大人しい性格で、三男の末っ子は明朗なのだが、どこか甘えた性格が見えることがある。それを兄の清水がよく諭しているのを見ていた。
「弟は末っ子なので、結構甘えん坊なんだよ」
 と苦笑いをしていた。そのくせ、弟には何でも話していたというから、甘えん坊のわりにはしっかりとした考えは持っていたのかも知れない。
 私は長男のことはあまり知らないが、清水と末っ子の弟のことは結構知っている。実際の友達である清水のことよりも末っ子の弟の方が性格的には分かっていたようにも思えるくらいだ。それだけ分かりやすい性格でもあった。
「直人君は熊本から離れようとは思わないのかい?」
 末っ子の名前は直人という。
「離れたいと思っていたんですが、少し遅くなりましたね」
 どちらにしても今回のことが終わらなければ、都会に出て行くこともないだろう。
「やはり都会へ?」
「都会といっても、福岡に行ってみようと思っています。九州から離れることには少し抵抗があるんですよ」
 直人はまだ学生である。来年就職活動をする予定になっているので、希望通り福岡に就職できるかどうか分からないが、都会に出たいという思いがあれば、何とかなるに違いない。
 直人は、上の兄たちとは少し年齢が離れている。六歳ほど清水とは離れていて、高校時代はまだ小学生だった。いつまでも子供だと思っていたが、いつの間にか大人になっていて少しビックリもしている。
 一度直人とは熊本以外でも会っている。大阪に就職した私に一度会いに来たことがあったのだ。あれは直人が高校三年生の頃で、大学受験に大阪まで来た時のことだった。
「ご両親は、やっぱり地元の大学に行かれることを希望されているんだろう?」
「ええ、そうですね。その方が安心だろうからですね。でも、僕はなるべくなら熊本を離れて暮らしてみたいんです。兄も高校を卒業して福岡に出ましたからね」
 清水は高校時代から進学は考えていなかった。福岡に出て、建設会社に入社したが、それも高校時代から考えていたことだった。それに引き換え私は、最後の最後まで進学か就職か決めかねていて、最後に就職を選んだのは、考えている大学へは自分の成績では無理だということが分かったからだ。
 学校の先生は、進学を勧めてくれた。せっかく大学進学の意志があるのだから、その気持ちを大切にしてほしいということだったが、一旦冷めてしまった気持ちを再燃させるには最後まで決めかねすぎたのだった。
「今さらスイッチを切り替えるのは無理です」
 と答えると、先生も私の性格を知っているので、黙って頷くしかなかったのだ。
 清水の兄弟で大学進学をしたのは、直人だけだった。一番上の兄は、高校を卒業すると、家業の雑貨屋を継ぐのに、問屋に就職した。親の口利きもあったのだろうが、家業をしている家庭の長男としては、最初から敷かれたレールの上をそのまま進んでいるように見えた。
 それぞれ進む道は違うが、
――皆それなりの道を当然のごとく進んでいるんだ――
 と思えてならなかった。
 私がその中でも一番中途半端だっただろう。最後の最後まで決めかねていたのだから当然と言えば当然だが、清水のように家業があるわけでもなく、兄弟がいるわけでもない。親は普通のサラリーマンで、子供に期待していることもなかっただろう。子供が悩んでいても、
「お前の選んだ道をお父さんは素直に認めよう」
 と言ってくれるだけで、助言は一言もなかった。もっとも助言を求めても返ってくる答えが期待しているものであることを最初から望んでいるわけではない。期待する方が間違えであることは分かっていた。
――それでもサラリーマンの子供はやっぱりサラリーマンなんだろうな――
 それ以外に思い浮かばない。普通に学校で勉強することをまともに聞いていれば当たり前のことには違いない。
 直人の運転する車の車窓から熊本市内の流れていく都会の風景を見ながら、記憶は次第に遡っていく。車が都会を走りぬけ、次第に田舎に向っているのを知っているからに違いないが、なかなか都会から離れてくれない。
「さすがに熊本市内は都会だな」
「車の量は変わっているようにはあまり感じないんですが、なぜか毎年渋滞がひどくなってくるように思うんですよね。不思議ですよね」
 まったくである。
 信号の数が増えてくるわけでもなく、信号の間隔が変わってくるわけでもない。あと考えられるのは、ドライバー一人一人の運転の違いだろうか。右折や左折のタイミングが悪ければそれだけ渋滞が大きくなる。ちょっと熊本を離れていただけのはずなのに、それだけ時間は経ってしまっていたということだろうか。
作品名:短編集108(過去作品) 作家名:森本晃次