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アラフォーは男狩り

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「天使のお通り」
男がメールすると、
「今、天使が通りすぎた」
女が返信してくる。会話が途切れた時に使う、女が気に入ったフランス人の常套句であった。

ゴーツートラベルを利用すれば、ほとんどタダになるプランを見つけて、男は誘った、
「ニューオオタニ、いいわね、久しぶり」
昼すぎ、落ち合った、
女はなにか早退けの言い訳ができたらしい。
「社長室長の顔が怖く思えた、悟られているわけはないのにね」
女は独り言を言う。
紅葉がはじまった大阪城公園を散歩する。コロナのせいか、人影は少ない。ホテルの閑散としている喫茶で、煎茶と和菓子をいただく。
「お煎茶も好きよ、おうすも」
女には茶道のたしなみがある。外国人の接待に欠かせないからだ。
「フォーシーズンの茶室、よくできているわ、立礼だし、欧米人向き」
男にはよくわからない世界を話して聞かせる。女の師匠は家元の娘、美人だと付け加えた。
「表か裏か」
「はずれ、高山右近の流派で有名ではない」
この流派がいちばん、キリスト教の影響を受けているのだと女は熱っぽく解説した。
女の並外れた知識と経験に圧倒されてしまい、男は部屋へ戻るきっかけを探しあぐねていたら、女が言う。
「お部屋にいきましょう」
窓が広いせいか、部屋はゆったりしている。真正面に天守閣。女はごきげんである。
大阪城を見ながら窓ぎわで抱き合った。
ベッドへ移ると、女は自ら足を開く。自分で責める、自分だけでいく。目の前の男を拒んでいる。女のオナニーは美しい眺めだ。たちまち、がくんと体が崩れ落ちて、いった。放心状態から回復すると再びオナニーを始めた。今度は激しい動きだった。
取り残されたような心理で男は女の所作を見守った。まるでお点前を拝見する風である。
「極上のセックス、させてあげる」
女は自信満々に告げるのだった。これはもう言葉の暴力だと男は悲鳴をあげた。
強靭な肉体性は、女の中の地下水脈のように脈々と受け継がれてきた秘密を包んでいる。伝説とさえ思わせる神秘性もあいまって、非日常的な感動を男にもたらした。
この女はどういう男性たちと付き合ってきたのか、深い嫉妬心が湧き上がるのだった。
女のオルガニズムは、肉体の中に宿る自然に対する素朴な崇拝と人間の死生観をも形成するほど、力強く支配的でさえある。
肉体と精神、言葉とまなざし、それらすべてが互いに作用しながら、極上のセックスがめぐってくる。それは生産的である一方、刹那的な憂いや楽しみを与える消費でもある。


レストランへ出かけるとき、女は着替えした。大きなバックの中には、着替えが入っていたのだ。
その服は真っ赤で、背中が大きくあいている、大胆すぎるデザインだから着るには勇気がいる。
「ノーブラかな」
「そうよ、気に入ってもらえると思って」
みんなの視線が注がれる。
「気持ちいい」
見られる快感が体の芯を刺激する。
女はすすめられるまま、3万もするシャンパンを注文する。
「酸味と旨味とが複雑、繊細かつデリケート」
性欲を満たしてくれるはずの男に、女は微笑みを投げかける。
「谷崎の陰影礼賛が好きな人が多いわよ」
女が接してきた欧米人たちを披露しているとき、男は黙って頷くばかりだった。
「お能もそこそこ、勉強したのよ」
「居ない相手にどう伝えるか、がテーマになる謡曲があってね」
「教えてよ」
男はうながした。
「ことばとわざ」
重要無形文化財の跡取りに習った。跡取りは変態だったと付け加えた。
「お能も無意識なのね、言葉と体が一体化されている」
「なるほど」
「意識したら、舞えないし謡えない」
「何となくわかる」
能の師匠はSM趣味、おもしろかったなと女はつぶやく。お稽古は厳しい叱咤で始まり、終わる。終始、厳しい言葉が体に突き刺さる。
なまのセックスは、舞台と同じだろう、やり直しがきかない、真剣勝負である。偉そうに言いくるめて何人も泣かせていた。
「空気はねえ」
と跡取りは言葉巧みにまた熱意を込めて話した。話し続ける男性は好きだ。
「肌で感じるっていうのは、多くの情報を身体で感じとっていることやからや、さかい」
興味深い表現だった。
眺める、体温、匂い、気の高まり、色、景色、ふたりで切り取る時間、言葉が機関銃のように連射される。舞う、演技する、手足の上げ下ろしに至るまで、直接性はほかのなにものにもかえられない。装束や囃子のない素謡は、ことばだけがリードする。それこそ、肉体の復権であろう。
ことばとわざ、どこまでも波紋が広がっていく。極端の極致を考え抜くが想像力にかける。女は経験不足を自覚した。スリリングに変身を遂げていく、近い将来、現実になる予感がする、そう思わせる凄みと聡明さが、女の芝居に宿り始めている。

女が一人ごとのように
「あの時、感じてたのよ」
男は返事をせずに、黙っていた。
女が言葉のストリップを始めたのだ、じっくり鑑賞すべきところだろう。
「入れてほしかったの」
「入れてほしかったの」
「ちょうだい」
男は初めて優勢な立場にたった、それなら盛り上げねばならない。
「好きか」
「好き」
「おとこが好きなんやろ、言ってみろ」
「おとこ、大好き」
女が降伏したかのようで、男は勝ち誇った気分になる。
「もっと、教えてよ、君のこと」
女はおちつきを取り戻したかのように、
「あなたの声がいい」
と話題を変えてくる。
「なんで興奮するんや」
「縛ったり叩いたり」
男を刺激するのに十分だ。
相当な経験がある、しかも多彩にちがいない、想像すればするほど女への興味は深まるばかりであった。セックスへの期待がめいっぱいに膨らみ、破裂しそうだ。
「お会いして自分がどう感じるかわからなくて、不安やった」
女は控えめな態度を示した。
「右肩のうしろ、すごく感じる」
女はあくまで男をリードする、
「いやらしい」
女は体が合わさったところを想像しながら
「つっこまれてる」
女の言葉は男の激情に火をそそぐ。男は女が相手にしてきた男性たちをあれこれと無駄な想像をしながら、嫉妬心がもつ攻撃性に点火した。たがいの頭が頂点に達してしまい、ことばも尽きる。

言葉のもつ豊穣さ、そのリズムはセックスを高める。肉体の豊穣さに耽りながら言葉の美しさと演技も堪能できる。能もお経も浄瑠璃も、だ。
官能の深まりにもリズムがあり、言葉のリズムが輻輳する。言葉が肉体の瑞々しさ、
エネルギーを湧き上がらせる。
演じる、その演技、演奏を回想しながら、編集して、記憶を一新するのだ。演技にひとりで完結する場面は欠かせない。
いろんな人と交わりたいという気持ちも募ってくる、誰かに演奏してもらいながら、他人に委ねたセックスもじゅうぶん成立すると女は考えた。
セックスの直接性と間接性と言ってよいだろうか、人と人との関係は、主体と客体を成立させるし、主客の交代もありうる。

「愛してる」
「私は言わないから、本気かどうか、まだわからへん」
「好きだよ」
「大好きって、言ってよ」
「だいすき」
「だーいすき」
「人恋しい秋」
「人恋しいというより、あなたが恋してたまりません」
「お酒とあなたに酔ったのね」
男は満ち足りた心地、ことばの快楽を求めて、
「いつ、した」
「しばらくしてないなあ」
作品名:アラフォーは男狩り 作家名:広小路博