恩寵と秘蹟の物語:マルス:文芸学夜話:ホフマンと幻想怪奇小説
3. zum S-phia Schulfest der Universität ein. Dann nachdem er mehrere Fotos von ihr mit einer Kiefer im Hintergrund in Yotsuya oder mehrere Fotos mit der St. Ignatius-Kirche im Hintergrund gemacht hatte, gingen sie mittags in ein Café in der Nähe des Hintertors und finden einen Sitzplatz ,aßen Sandwiches und tranken eine Weile Kaffee und machten
eine Pause in so sehr lauten Atmosphäre der Uni-Studenten und Studentinnen. >>
Dann ein paar Tage später, bevor Edelmanns Deutschkurs begann,rief ihm Fräulein Fujio-kun ,die direkt hinter Michino-suke saß, zu: Herr Natsusato !..Sie sind im Café Schion am Tag der S-phia Festival mit ihre Geliebte .Als er zurückblickte sogleich und sah sie ,sagte
Fujio-kun lächernd ;Ich war auch im Café .Deine Geliebte ist sehr schön und hüpsch ! ..Ach so, Du warst auch da. Ich aber bemerkte dich leider nicht, da war es überfüllt und ein bißchen dunkel vom Zigaretten Rauch.
. Ich bemerkte dich ganz und gar nicht.
Als ich und Fujio-kun unterhielt, dann plötzlich sagte Michino-suke ein Student namens Miyamoto. der neben ihm setzte .
Oh, ein so sehr intelligenzer Mann!
Er ist sehr groß und fatt, und gehört dem Judo-Klub an, und ist doch ein gutmütiger Mann. >>...
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*- (( シャミッソー「女の愛と生涯」 より
シューマンの作曲で知られるシャミッソーの詩に、連作Zikrus「女の愛と生涯」のなかの一篇に「乙女は彼に首ったけ」というのがある。:
乙女は 一目 見染めてからは
もう 彼に首ったけ
辺りを 一瞥しても
入ってくるのは 彼だけなのだ
という書き出しから始まる短い訳詩だが、これに関して、関西圏に棲む大学の同窓で S.フィアンの アン・ドゥ・トゥワくんが感想を寄せてくれた。
彼は道之助より二、三歳年下で、大きな合唱団にはいり、ドイツリートにも詳しく美声を披露し て皆と愉しんでいる。
道之助は合唱団には縁遠いが、一連の詩や数多くのドイツ詩を訳していて、そちらに嵌まっている。
時おり、訳した詩をブログに載せると、実に魅力的な情感に満ちた感想が届く。 そして半ば意識しつつ遊び心で書いてみると、それを見抜いたように鋭く素晴らしい感想も寄せられてくる。
そんな中に、こんな言葉が綴られていて、彼の感性に吃驚したものである。:
アン・ドゥ・トゥワくん曰く。:
この詩も原詩をみて気づきましたが、立ち位置を変えて訳しているんですね。
もともとは 乙女の言葉て書かれているのを、くどくどと 騒ぎだてはしなく、慎ましく感じられます。
そこから更に、第三者的な立場に立ち、映像や絵画を眺めてでもいるように客観性もくわえ 訳している。
これで一層、つつましくなり、日本人好みの展開になったような気がしました。 この強い思いを 乙女は心の奥底に 鎮めようと努力していた。
そんなことまで想像でき、心くすぐられました。
*- )))
これに対して、道之助は こんな感想を書き送っていた。:
アン・ドゥ・トゥワさんの、いつもながらの心温まる感想や意見には感謝しています。
原詩も読まれたというので 吐露しますと、ここに書いた訳になりますと、すでに第三段階ほどになり、後半などは 原詩からは少しく離れて自由に訳しており、そこを愉しんでみたものです。
原文にあくまで忠実たるを優先すべきか、原文からすこし離れて日本語として読みやすく、リズム感を尊ぶのがよいか、翻訳には いつも考えさせられますが後者にも、心が 歳とともに 自然の理にかない、いいのかなと。その点も踏まえて読んでもらえたものと思っています。・・
桑子道之助氏の優雅な青春交遊・抄 より
*- (( ( Süßer klingt Vogelsang.: Hölty
あるとき、徳丸五十くんに、きみは詩を文語体で訳したことあるかい、と道之助が訊くと、 いいや、ないと そっけない。
読んだことは と訊くと、まあ、読んだことはあるかな、なんといったっけ、あの海潮音の訳者は、というから、上田敏だ、それは。
まあ、記憶から消えつつあるのだから、あまり熱心には読まなかったということかな、と彼は淡々としたものである。
ぼくはね、一度、数篇だが、レポートの課題として学生時代に現代語訳とともに試みたことがある。
例の厳しい老教授Prof.宇田さんの下でね、大変というより面白かったな。
そのおり、文語調で訳すなら、やはり、海潮音を読むがいいかなと思い、それを参考に語彙を集めたものなのだ。
それでこんな訳になっているのだが、ちょっと読んで、聞かせてくれないか、感想でも。
きみは詩には関心は薄いようだが、感性や知性は培われている。
そういわれてしまうと、断れないから、きみも乗せるのがうまいと、徳丸くんは まんざらでもない顔をして 口元を緩めた。
うまどり啼く音の 恋しき節よ というヘルティの詩だがね:こんな詩だよ:
うらかなしき わがこころ あたためん
たえに 貴(あて)なる きよらの妻と
神社(やしろ)の 森蔭(もりかげ) 逍遙せしとき
うまどり啼く音の こひしき節よ