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短編集105(過去作品)

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祖母の田舎の記憶



                祖母の田舎の記憶


 誰にでも思い出したくないところもあれば、思い出としていつまでも取っておきたいところの一つや二つはあるのではないだろうか。小野寺美紀が都会に出てきてからの三年間、OLを続けていてもあまり楽しいと感じたことはない。
――都会に出ればきっと自分を変えられる――
 と思って出てきたはずなのに、一体自分の何を変えたいのか、それすら忘れてしまっていた。
 美紀にとっての三年間は短いようで長く、長いようで短かった。その間に付き合った男性の数は三人。一年に一度の割合である。だが、長く続いたことはなく、最高でも三ヶ月というのは、美紀自身短くて、物足りない思いがしていた。
 男性と付き合っていた時期は、なぜか梅雨の時期が多かった。いつも雨の中で待ち合わせをし、傘を差してのデートだった。雨に煙るネオンサインを見ながらのデートに、違和感はなく、避けながら歩いている水溜りに映ったネオンサインが印象的であった。
 別れる時も必ず降っていた雨、涙雨を思わせた。付き合っている頃に潤った身体に、湿った空気、生暖かい風すら淫靡な雰囲気を漂わせていた。
 彼らとはもちろん身体の関係があった。
――身体の関係なくして、男女の関係は成り立たない――
 と感じていた時期でもあり、身体を許すことは当然の愛情表現だと思っていた。
 身体だけの関係を決して望んでいるわけではないが、男性と愛し合うことと身体の関係は切っても切り離せないということを教えてくれたのは、最初に身体を交えた男だった。
 彼は決して強引な付き合い方をする男性ではなく、傲慢でもない。相手の気持ちに立った話をしてれるし、女性も立ててくれる。中には女性と付き合い始めれば態度が一変して、
「俺のものだ」
 と言わんばかりの態度を取る男性もいる。美紀の頭の中にはそれがあり、離れなかった。
 最初に付き合った男性に、その意識のないことに気付いたことで付き合う意志を持ったのだが、彼はそれなりに強情なまでの信念を持っていた。
 それは男性としては大切なことなのだろうが、女性の美紀に入る余地のないものでもあった。少しだけ物足りなさを感じていたといえば、そこであろう。
「俺が付き合う女性は、自分のすべてを見つめてくれないと嫌だという人が多かったんだ。だから長続きしなかったし、その都度俺もショックを受けていたな」
 と彼が話してくれた。
 美紀には彼の気持ちがよく分かった。美紀も男性と付き合うまでは、相手に自分のすべてを見てほしいという願望があり、自分を見てくれる男性を捜し求めていた。
 だがそれは違った。お互いがお互いを尊敬の目で見ることでお互いを高め合える関係、それこそが自分の相手の望むことではないかと思えてきた。
 元々恋愛と身体の関係は別物だと思っていた美紀だった。
「愛し合っていればその延長として身体の関係になるものなのよ」
 と女友達が話していたが、最初は信じられなかった。身体の関係というと淫靡で、表に出さず、しまっていくものだという感覚があったからだ。相手を知りたいという気持ちが身体の関係になるということを自分から意識しないようにしていた。
 しかし、好きになった人から誘われると嫌とは言えないのも美紀の性格で、最初は自分の本意ではなかった。自分の意志で着いていくのだという意識をしっかりと持っていないと、雰囲気に流されてしまうと思っていた。
 だが、雰囲気に流されるのも相手を知りたいと思うことへ不可欠なものだった。彼は最初から最後まで優しかった。ベッドの中で終始戸惑っている美紀を包み込むように抱きしめていた。相手の胸の鼓動が自分の胸の鼓動と連動するかのように感じた時、美紀は彼に委ねる気持ちを強く持ったのだ。
 一気に昇りつめ、彼の熱いほとばしりを身体の奥で感じた時、溶けてしまうような感覚に、身体全体が麻痺しているのか、余計に敏感になっているのか分からなかった。後から考えれば先に感覚が麻痺し、血液が一気に身体を駆け巡る瞬間、敏感になったという思いで一杯だった。
 それから彼と会う日には不思議と雨が降った。夕方、仕事が終わって喫茶店で待ち合わせをするのだが、いつも決まった喫茶店で、いつも美紀が先に行って待っている。
 商店街のアーケード街を見下ろす喫茶店、人の行き来も激しい時間帯である。
 最近では寂れてきたアーケード街であったが、そろそろ夏を迎える時期になって、中元商戦もこれからというところで、静かな雰囲気の中にも活気が見え隠れしているようであった。
 いつも入り口を見つめていた。入り口から、
「やあ、待った?」
 彼の顔を見た瞬間に、いつもの言葉が頭の中を駆け抜ける。近づきながら苦笑して想像通りの言葉を掛けてくる彼に、美紀も笑顔が自然と零れた。二人は、最初からそんな関係だったのだ。
 美紀がそんな彼と別れるきっかけとなったのは、些細な喧嘩が元だった。
 売り言葉に買い言葉、最初は言った言わないで口論になり、お互いに一歩も引けないところまで来てしまっていた。
 美紀はそれでも我慢していた。相手を怒らせないようにしなければいけないという思いは強く、彼に逆らう気持ちも小さかったのだ。
 だが、あまり従順であっても相手を付け上がらせるだけになると感じ、少し意地悪してみようと思ったのが運の尽き、気がついた時には相手から罵声の雨だった。
「俺は君のそういう相手を試すような態度を取るところが気に食わないんだ」
 どうやら見抜かれていたようである。もし、見抜かれたことが分からなければ、別れるまで行っていないかも知れない。見抜かれた瞬間、顔は一気に高潮し、自分の浅はかさを嘲笑われているように思えてならなかった。言葉が次第に減っていき、俯いたまま顔を上げられなくなる。
「それ見たことか」
 口に出して露骨に嘲笑っている。許せない気持ちは相手への不信感を最大のものにして、それまでの我慢が一気に噴出した。
「何よ、勝ち誇ったようにして、そんなに笑いたければ笑いなさいよ」
 完全にキレていた。その言葉を聞いて一瞬たじろいだ彼に気付いたが、もう引き返すことはできない。
「何様だと思っているのよ。私がこんなに我慢しているのをいいことに、あなたはさらに口撃してくるのね。そんな人だとは思わなかったわ。もうあなたとは終わり、私の前に二度と顔を出さないで」
 大きな啖呵を切ったものだ。我ながら自分だとは信じられない。格好よく啖呵を切り踵を返した美紀は、一度も振り返ることなく彼の前から立ち去ったのだ。
 その後の彼がどうしたのかは分からない。茫然自失だったのではないかとは感じたが、後悔はしていなかった。
――言い過ぎたかな――
 と感じても次の瞬間。
――いいのよ、あなたも我慢の限界を見たんだから――
 というもう一人の自分が言い聞かせる。
 翌日から彼のことは過去のこととなった。それまで一緒だったひびは思い出の一ページとして美しく仕舞っておけばいいのだ。
 だが、男と女の違いであろうか。彼はそれだけではすまなかった。
「俺は後悔しているんだ。もう一度話をしよう」
作品名:短編集105(過去作品) 作家名:森本晃次