やさしいあめ7
わたしがゆったりと頷いていると、亮太はぱちぱちと瞬きをした。
「どういうこと?」
「ネットに書いてあったんだけど、この曲を作った人は死んじゃってて、残った人たちが新しいボーカルを迎えて作ったバンドがニコラらしいの。で、前身のバンドで歌った歌も収録されたアルバムが出たんだって」
「じゃあ、理沙に会ってたのは、その死んだ奴?」
「そうみたい。カナタくん、死んじゃったんだね。けど、何で死んじゃったとか、そういうのはネットに書いてなくて、繋がりもないから聞けもしないの」
「本当にこの曲だった?」
「そう。ライブのときに聞いたの。俺の可愛い彼女に捧げます!って」
「彼女、ねえ」
「そのときに亮太のこと知ってればライブに誘ったんだけど、まだ亮太に見つけてもらってなかったし、友達もいなかったから、証人はいないなあ」
小さくため息をつく。亮太はCDのクレジットを見て、
「LISAってそのままじゃん」
「そう。そのまま」
「作詞作曲kanata。なるほどね」
「ニコラって有名なの?」
「それなりに売れてるんじゃね? 武道館ライブもしたしな。詳しくはないし、どんな曲歌ってるかも分かんねえけど、それは何かで聞いた。なんか変な繋がりがあるもんだな。他の奴らの顔覚えてねえの?」
「よく覚えてないんだよね。ライブ会場は暗かったし、だからよく見えないし」
「ネットとかでさ、わたしがモデルのリサですって言ったら、繋がるかもよ?」
「そんなのいいよ。あのカナタくんが死んじゃってるって、なんかちょっと落ちてるんだから、わたし」
「でも、本当に付き合ってたわけじゃないんだろ?」
「うん。だから、大した繋がりじゃないの」
「まあな。できたぞ。サバの味噌煮」
「わーい。ありがとう、お母さん」
「馬鹿か。食え」
亮太のサバの味噌煮に舌鼓を打った。安定のおいしさ。冗談抜きで、いいお嫁さんになれそう。
「亮太、本当に料理上手だね」
「美味いもん食いたかったら、自分で美味いものと思えるものを作るしかなかったんだよ」
「それは、あれだね」
返す言葉もない。亮太が大人である理由がまた一つ見えた気がした。食べ終えて、食器の片づけはわたしがすることにした。
「娘よ、手伝いありがとう」
「ばーか」
ニコラのCDをかけてみる。亮太はスマホで、ニコラ、ハコブネ、LISAについて調べている。
「リサ、きみは孤独なんだろ。いつかやさしい雨音に包まれて泣くといい」
「え?」
「いや、歌詞」
「ああ」
「やさしい雨音ってとこ、理沙っぽいな」
「うん、まあ」
なんだか照れる。文字にされると、自分がすごく恥ずかしいことを言ってたんじゃないかと思う。と言うか、亮太に言われると、すごくドキッとする。
「リサ、きみは理解しているんだ。探し物がどこにもないこと。だからこそ探すんだって、きみは夢見る少女なんだろ。そうなのか?」
「分かんない。ってか、恥ずかしい」
「歌ってやろうか」
「やめてよ」
と食器の片づけを終えて、クローゼットをあさり出したわたしに亮太が聞く。
「何探してんの?」
「持ってきてたと思ってたんだけどね。もらったサイン入りCD。そしたら少しはわたしの話に信憑性が……。この辺だと思うんだけど……あ、あった。こんなとこにあったのかあ」
そんなに聞いていなかったから新品みたいなCDだった。メンバー四人のサイン入り。カナタくん以外の名前は、ニコラのベース、ドラム、キーボードと一緒だ。かけてみると、懐かしいカナタくんの歌声だった。
「この、ある少女の世界にって曲も、今回発売されたCDに入ってるの。LISAはこっちには入ってない。ライブのときに初公開だったの」
「へえ」
CDを聞いていたら、なんだか力が抜けた。カナタくん、死んじゃったんだ。声は好きだったのに。
「わたしはニコラよりカナタくんの声の方が好きだな」
「そういうファンはいるみたいだよ。ニコラ派とカナタ派があるらしい。なあ、書いてあるじゃん。カナタ、自殺だって」
「え? どこに?」
「普通に、ハコブネ時代のボーカル、カナタを自殺で失いって。ニコラの今回のアルバムが出るにあたってのインタビューでカナタのこと語ってるぞ」
「気づかなかった」
「どこ調べてたんだよ」
記事を検索し、読んだ。その記事には、わたしのスマホからアクセスされた形跡があった。どういうことだろうとは思ったけれど、とりあえず読んだ。
ハコブネとしてデビューが間近等迫ったとき、ボーカルのカナタが自殺した。どうして死を選んだのか、遺書はなく、ただ現場の状況から自殺とされている。ボーカルを失い、ハコブネのデビューは潰えるかと思われたが、遺志を継いだ新たなボーカル、コウジを迎え、一カ月遅れでデビューとなった。当初、ハコブネファンからは裏切りだと言う声もあったが、コウジが当時のカナタが作った歌を今も大切に歌う姿に、カナタが生きていれば、とファンは涙する。
ふと、思い出す。この記事、読んだかも。けど、一人で受け止めきれずになかったことにしてしまったのかも、なんて。
カナタくん、死んじゃったんだ。その喪失感は予想以上で、自殺と知って、余計にカナタくんを近くら感じて。自分もいつそうなるだろうかなんて考えて。そうだ、この記事は読んだ。わたしは知っていた。カナタくんが自殺したって。
「田舎帰るって言ってたくせにな」
カナタくんが自殺だと言うことに、どうしてか納得がいく自分がいた。カナタくんなら自殺が似合う、と思っていた。けど、潮時だとか、田舎に帰るってだとか言ってたのに、本当はデビューが決まっていたのかと。それともあのあとだろうか。確かに、ライブ会場は満杯で、ぎゅうぎゅうの人と、その体から放出されるエネルギーには引いたし、驚いていた。こんなに人気があるんだ、と。それなら、会ったばかりのわたしに曲をどう思うのかなんて聞かなくてもいいじゃないかと。
順風満帆に見えた道で、衝動的な自殺。カナタくんならあり得る気がした。わたしは当時もカナタくんは若くして死んでしまうかもしれない、と思っていたし、バンドを辞めるのだと聞いて、少しほっとしていた。カナタくんはバンドなんかをしていたら死んでしまうって思っていたから。ステージに立っていたカナタくんを思い出す。線の細い、頼りない感じの体で、切ない声で歌っていた。カナタくんは自信のない人だった。プレッシャーに押しつぶされそうに。けど、自分の世界があった。その世界を歌に乗せて。けれど、きっとその世界を汚されることも恐れていた。カナタくんはその世界でいまも生きているだろうか。
何も知らずに三年近くが経ってしまった。何も知らなくて当たり前、そんな関係だろうに、なんだか胸が痛む。
リサ、きみが生きるこの世界を、僕は愛せそうな気がするよ。
ライブ当時、たった一度、セックスをして、夕食を一緒に食べた、それだけの相手に贈った曲にしては、些か大袈裟な気がする。
作品名:やさしいあめ7 作家名: