やさしいあめ7
カナタくんが歌うLISAをわたしは覚えている。自分をモデルにした歌を歌ってくれるなんて、うれしいと言うより違和感だった。こんな素敵なことが起きるのはわたしであるはずがない。わたしなんかにこんなことが起きるはずがない。けれど、身につまされる感じに、その歌を、怖い、と思った。見透かされたようで、怖かった。
「理沙、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。彼女だったとかじゃないし」
「ああ。でもお前」
泣いてるぞ。
「嘘」
瞳からこぼれる涙に驚いた。
「おかしいな。こんなつもりじゃないんだけど」
焦れば焦るほど、涙が溢れた。
「わたし、カナタくんのこと好きだったかな?」
「そうかもな」
カナタくんは、はじめての相手だった。カナタくんにはそうは言わなかった。なるべくはじめてに見られないようにって振舞っていて、それがどうしてだったのか、今でも分からない。これがわたしの普通なの、そういう態度でいたいと思っていた。本当はキスだってはじめてだった。それを悟られないようにと頑張って、それでも、出血があって、カナタくんはやっぱり気づいてた。
「よしよし」
抱き寄せてくれた亮太を愛おしく思う。遠い昔のカナタくんの面影を重ねる。肩に頭を預けて、泣く。泣いても何も変わらない現実。この腕はカナタくんではない。カナタくんはもうこの世界にいない。カナタくんの笑顔を思い出す。子供みたいに笑う人だった。
そして、わたしはカナタくんを選びはしなかった。カナタくんは、わたしのことを好きだと言ってくれた。ライブ終わりに、わたしをメンバーに紹介したいと言って。それは遠慮したけど、でも。
あの日を思い出す。カナタくんは、LISAどうだった?と。 わたしは、うーん、ちょっと怖かった、と。怖い? どうして? 自分を思い知らされる感じ。嫌だった? そんなことはない。ライブもカッコよかったし。じゃあさ、このあと……。うん、いいよ。
結局、カナタくんとはその後も何回か会った。会わなくなって、わたしはそれから、いろんな色に染まった。そして、今は。
「亮太、しよ」
「しない」
「なんで?」
「お前さ、本当にそうしたいの?」
「うん」
「リサ、きみは本当はそうじゃないんだろ。分かってる」
「歌の歌詞は良いよ」
「いや。癪だけど理沙のこと分かってたんじゃないか」
「亮太に何が分かるの」
「分からないさ。理沙も俺のこと分からないだろ」
亮太のことを睨む。亮太はわたしからいつも逃げていくような態度だ。わたしは亮太に触れたいし、亮太に触れて欲しい。今はただ、本当にそうしたい。誰かに抱かれて眠りにつきたい。わたしは亮太のことが好きだ。好きなのに、亮太はわたしから逃げる。どうしてだろう。亮太のことが分からない。分からないと言うことが今はすごく怖い。亮太はわたしの知らない内に死んでしまったり、いなくなってしまったりしないだろうか。しないという保証はない。それならせめて、触れていたいのに。
「怒るなって。とにかく、今日はやめとけ」
「亮太は、わたしのことどう思ってるの?」
「好きだよ」
「嘘」
「好きでもなきゃコロナ渦に県境またいで来ねえよ。だろ? 心配なんだよ」
そうかもしれないけれど、何かが腑に落ちないのだ。ムスッとしていると、亮太が。
「帰った方がいいなら、帰るけど」
「明日の朝はホットケーキが食べたい」
ムスッとした顔のまま言った。
「了解」
亮太は仕方ないな、と笑った。そしてわたしの頭をぽんぽんとした。
「亮太。わたし亮太のこと好きだよ」
「了解」
わたしはもう一度、ハコブネのCDをかけた。亮太がLISAを口ずさんで、いい歌だな、と言った。
作品名:やさしいあめ7 作家名: