やさしいあめ7
CDショップで、BGMとして流れていた曲に、驚きの余り誰の曲なのかを店員に尋ねた。「ニコラ」というバンドだと聞いて、CDを手に取った。どういうことだろう。けれど思い出す。はじめて行ったライブスタジオの、暗い感じや、爆音や、圧倒的熱量、放出されたエネルギーや、歓声や、人の汗。どうしてここにいるんだろうかと少し途方にもくれた。あの日から、わたしは何か変わっただろうか。変わらずに過ごしている。今だってふらふらと、今日もまた別の人と約束をしている。亮太が明日来ると言っていたけれど、何を話したらいいだろう、また叱られてしまうと思っていたところに、「ニコラ」が滑り込んできた。
あれは亮太に見つけてもらうより前のこと。
***
聞いている曲は、今会っている大学生がボーカルを務めるバンドの曲だ。好きかどうかはよく分からない。聞いてみて、と言われたから聞いている。感想聞かせて、と言われてるから、感想を考える。やっぱりよく分からない。でも、かっこいい感じかな。
「かっこいいかな。声好きかも。でも、どういうのがいいとかはわたしにはよく分かんない」
「歌詞、どう思う?」
「カナタくんが書いてるんだっけ?」
「そう」
「うーん」
なんて言うか、文学的なことは分からない。詩の授業でいいものが書けたと思うこともないし、他人が書いたものはどれもわたしよりは上手に書けている気がするし、この歌はなんて言うか難しい。
「なんかいい感じだなあとか、好きじゃないなあとか」
「うーん」
「この、女の子って言うのは、空想の世界が大切で、現実の世界と少しごちゃまぜ?で、そういう世界で生きてるその子が男の子は好き、と」
「そんな感じ。改めて説明されると照れるね」
「うーん」
「好きくない?」
「メロディーはたぶん好きなんだけど」
「そっか、ありがと」
「ごめんね、大したこと言えなくて」
「いいよ。正直な感想ありがと」
「うん」
カナタくんは煙草に火をつけた。冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、飲む?と。受け取って一口飲む。カナタくんに返すと、カナタくんはがぶがぶとその水を飲んだ。
「リサちゃんさ、いつもこんなことしてるの?」
「こんなことって?」
「知らない人とエッチ」
「うん、そうかも」
「そんな子には見えないんだけどなあ」
「それは、よろこんでいいのかな?」
「なんて言うか、清純派女優」
「えー? そんなことないよ」
「カナタくんはさ、いつもこんなことしてるの?」
「いつもじゃないよ。たまたま」
「わたしはたまたま捕まえられちゃったんだ。でも、バンドやってるなんてすごいね。歌詞書いたり、曲書いたり、クリエイティブだね。わたしそういう才能ないからな」
「今度ライブに来てよ。リサちゃんのこと結構好きだし」
「ありがと。けど、バンドやってたら結構モテたりするんじゃないの? ファンのこと付き合ったり」
「全然だよ。そんなに景気良くないの」
カナタくんは肩をすくめた。
「ふーん。どっちにしろ、わたしにはよく分からない世界」
「あんまり興味ない感じ? 好きな歌手とかいないの?」
「そういうのあんまり分かんないの」
「珍しいね」
「そうかな?」
「リサちゃんみたいな女の子の曲とか書いてみたいかも」
「わたしなんか歌詞にしてどうするの? つまんないよ」
「そんなことないって。リサちゃん結構変わってるし。こんなことしてるって当たり前の子の方が少ないよ」
「そうかもね。確かに同級生にはあんまりいないかな。でも、わんさかいられてもね。この国どうなってんのってなるよね」
「だね」
カナタくんがキスをしてくる。わたしは首に手を回して、それを受ける。舌を絡ませて、カナタくんの指がわたしの肌を滑る。カナタくんの瞳を見る。すごくきれい。見つめられるとドキドキする。太ももの間を探り当てられ、わたしは声を漏らした。
「リサちゃんは悪い子なの?」
「そうかも」
きっとわたしは、こうやって、誰とでもセックスしてしまう悪い子なのだろう。突き上げられるたびに喘いだ。苦しくて、なんだか悲しくて、泣いた。カナタくんに縋りついて、なんだか世界の終わりの日を見ている気分にもなった。脳内には、さっき聞いた曲が流れていた。カナタくんの切ない声が紡ぐ歌詞を反芻する。いつまでも続くリフレイン。
と、カナタくんは気づいたようで、あれ?という顔をした。
「無理することないのに」
キスをされながら、わたしはもう少し泣いた。
そのあと、カナタくんに連れられて居酒屋に行った。
「お酒飲む?」
「十六だよ? 出してくれるかな?」
お酒のことはよく分からなかったけれど、メニューを見て、カフェラテが好きだから、似た味かなあとカルーアミルクと言うのを頼んでみた。店員さんは普通に端末に入力して、いくつかのおつまみと共に了解された。
「意外と大丈夫じゃない?」
「そうだね」
やって来たカルーアミルクは、甘くて、そしてアルコール独特な味がして、けど嫌いじゃなかった。
カナタくんは、大学を卒業したら就職すること、バンドはやめようと思っていることなんか話してくれた。
「本当に辞めちゃうの?」
「続けたいっていう奴も、プロ目指したいって奴もいるんだけど、俺は潮時かなって思う。無難な会社に就職して、それなりの人生でいいし、有名になりたいとか、みんなに自分の歌を聞いてほしいとかじゃなくてさ、ギターが好きで楽しいからやってたの。仲間にも会えたし」
「プロはともかく、楽しいなら続ければいいじゃん」
「田舎帰るんだよ」
「そっか」
チヂミをつまみながら、わたしは頷いた。それで本当にいいの?とは聞かない。
「リサちゃんもさ、俺らの曲聞いて、すごいいい!とかならないわけだし、だからいいんじゃないかな」
聞いていないのに、自分を納得させるようにカナタくんはつぶやいた。
「ねえ、CDとかあるの?」
「あるよ、一応」
「サイン書いてちょうだいよ」
「いいけど。今日は持ってないから、今度会ったときに渡すよ」
「ありがと」
今度なんてあるのだろうか。そうは思ったけど、ごぼうのから揚げを食べた。
「そうだ。忘れずに」
カナタくんは次のライブのチラシとチケットをくれた。
「きっと来て。良かったら友達も一緒に」
「うん。分かった」
今度はあるのかもしれない。わたしはそれをバッグにしまった。
カナタくんの瞳は、すごくきれいで、こんなきれいな瞳をして、バンドなんてシャレにならないと思った。そういう人は、絶対に若くして死んでしまう。わたしがそう思っているのを知ってか知らずか、リサちゃん、死んじゃ駄目だよ、なんてカナタくんは言った。
「またね」
キスをして別れた。
***
「で、そのライブ行ったの?」
「行ったよ。ナチュラル系のワンピースで言ったから、すごく浮いてたけど」
「はーん」
「で、そのバンドが、ニコラだったと?」
「ううん。ハコブネ」
「うん?」
「うん」
あれは亮太に見つけてもらうより前のこと。
***
聞いている曲は、今会っている大学生がボーカルを務めるバンドの曲だ。好きかどうかはよく分からない。聞いてみて、と言われたから聞いている。感想聞かせて、と言われてるから、感想を考える。やっぱりよく分からない。でも、かっこいい感じかな。
「かっこいいかな。声好きかも。でも、どういうのがいいとかはわたしにはよく分かんない」
「歌詞、どう思う?」
「カナタくんが書いてるんだっけ?」
「そう」
「うーん」
なんて言うか、文学的なことは分からない。詩の授業でいいものが書けたと思うこともないし、他人が書いたものはどれもわたしよりは上手に書けている気がするし、この歌はなんて言うか難しい。
「なんかいい感じだなあとか、好きじゃないなあとか」
「うーん」
「この、女の子って言うのは、空想の世界が大切で、現実の世界と少しごちゃまぜ?で、そういう世界で生きてるその子が男の子は好き、と」
「そんな感じ。改めて説明されると照れるね」
「うーん」
「好きくない?」
「メロディーはたぶん好きなんだけど」
「そっか、ありがと」
「ごめんね、大したこと言えなくて」
「いいよ。正直な感想ありがと」
「うん」
カナタくんは煙草に火をつけた。冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、飲む?と。受け取って一口飲む。カナタくんに返すと、カナタくんはがぶがぶとその水を飲んだ。
「リサちゃんさ、いつもこんなことしてるの?」
「こんなことって?」
「知らない人とエッチ」
「うん、そうかも」
「そんな子には見えないんだけどなあ」
「それは、よろこんでいいのかな?」
「なんて言うか、清純派女優」
「えー? そんなことないよ」
「カナタくんはさ、いつもこんなことしてるの?」
「いつもじゃないよ。たまたま」
「わたしはたまたま捕まえられちゃったんだ。でも、バンドやってるなんてすごいね。歌詞書いたり、曲書いたり、クリエイティブだね。わたしそういう才能ないからな」
「今度ライブに来てよ。リサちゃんのこと結構好きだし」
「ありがと。けど、バンドやってたら結構モテたりするんじゃないの? ファンのこと付き合ったり」
「全然だよ。そんなに景気良くないの」
カナタくんは肩をすくめた。
「ふーん。どっちにしろ、わたしにはよく分からない世界」
「あんまり興味ない感じ? 好きな歌手とかいないの?」
「そういうのあんまり分かんないの」
「珍しいね」
「そうかな?」
「リサちゃんみたいな女の子の曲とか書いてみたいかも」
「わたしなんか歌詞にしてどうするの? つまんないよ」
「そんなことないって。リサちゃん結構変わってるし。こんなことしてるって当たり前の子の方が少ないよ」
「そうかもね。確かに同級生にはあんまりいないかな。でも、わんさかいられてもね。この国どうなってんのってなるよね」
「だね」
カナタくんがキスをしてくる。わたしは首に手を回して、それを受ける。舌を絡ませて、カナタくんの指がわたしの肌を滑る。カナタくんの瞳を見る。すごくきれい。見つめられるとドキドキする。太ももの間を探り当てられ、わたしは声を漏らした。
「リサちゃんは悪い子なの?」
「そうかも」
きっとわたしは、こうやって、誰とでもセックスしてしまう悪い子なのだろう。突き上げられるたびに喘いだ。苦しくて、なんだか悲しくて、泣いた。カナタくんに縋りついて、なんだか世界の終わりの日を見ている気分にもなった。脳内には、さっき聞いた曲が流れていた。カナタくんの切ない声が紡ぐ歌詞を反芻する。いつまでも続くリフレイン。
と、カナタくんは気づいたようで、あれ?という顔をした。
「無理することないのに」
キスをされながら、わたしはもう少し泣いた。
そのあと、カナタくんに連れられて居酒屋に行った。
「お酒飲む?」
「十六だよ? 出してくれるかな?」
お酒のことはよく分からなかったけれど、メニューを見て、カフェラテが好きだから、似た味かなあとカルーアミルクと言うのを頼んでみた。店員さんは普通に端末に入力して、いくつかのおつまみと共に了解された。
「意外と大丈夫じゃない?」
「そうだね」
やって来たカルーアミルクは、甘くて、そしてアルコール独特な味がして、けど嫌いじゃなかった。
カナタくんは、大学を卒業したら就職すること、バンドはやめようと思っていることなんか話してくれた。
「本当に辞めちゃうの?」
「続けたいっていう奴も、プロ目指したいって奴もいるんだけど、俺は潮時かなって思う。無難な会社に就職して、それなりの人生でいいし、有名になりたいとか、みんなに自分の歌を聞いてほしいとかじゃなくてさ、ギターが好きで楽しいからやってたの。仲間にも会えたし」
「プロはともかく、楽しいなら続ければいいじゃん」
「田舎帰るんだよ」
「そっか」
チヂミをつまみながら、わたしは頷いた。それで本当にいいの?とは聞かない。
「リサちゃんもさ、俺らの曲聞いて、すごいいい!とかならないわけだし、だからいいんじゃないかな」
聞いていないのに、自分を納得させるようにカナタくんはつぶやいた。
「ねえ、CDとかあるの?」
「あるよ、一応」
「サイン書いてちょうだいよ」
「いいけど。今日は持ってないから、今度会ったときに渡すよ」
「ありがと」
今度なんてあるのだろうか。そうは思ったけど、ごぼうのから揚げを食べた。
「そうだ。忘れずに」
カナタくんは次のライブのチラシとチケットをくれた。
「きっと来て。良かったら友達も一緒に」
「うん。分かった」
今度はあるのかもしれない。わたしはそれをバッグにしまった。
カナタくんの瞳は、すごくきれいで、こんなきれいな瞳をして、バンドなんてシャレにならないと思った。そういう人は、絶対に若くして死んでしまう。わたしがそう思っているのを知ってか知らずか、リサちゃん、死んじゃ駄目だよ、なんてカナタくんは言った。
「またね」
キスをして別れた。
***
「で、そのライブ行ったの?」
「行ったよ。ナチュラル系のワンピースで言ったから、すごく浮いてたけど」
「はーん」
「で、そのバンドが、ニコラだったと?」
「ううん。ハコブネ」
「うん?」
「うん」
作品名:やさしいあめ7 作家名: